魔法学校へようこそ!!

NEO

第1話 サクラ咲く春

 あたしはリズ・ウィンド。

 まだ吐く息が白い頃、アルセド王立カリーナ魔法学校の掲示板に張り出された、受験番号を追っていた。

「えっと、あった!!」

 一応推薦で願書を提出したが、片田舎の田舎魔法学校からだったので、それはあまり加味されないだろうなと思っていたが、あたしはこの国内最高峰の魔法学校の学生になる。

 それだけで、身震いするような武者震いするような、不思議な感覚を味わった。

「はい、合格者のみなさんはこちらへどうぞ~」

 あたしは誘導されるままに、校舎の中に入っていった。

 この学校は全寮制のため、まずは部屋の鍵を渡されて身体測定を行い、渡された寮の案内図を見ながら部屋を探した。

「えっと……。ここは広大過ぎる!!」

 あたしは紙を方手に巨大な寮の中を彷徨った。

 そのうち床が青から赤に変わり、いよいよ現在地が分からなくなった。

「まいったな。初日からこれじゃ……」

 あたしは苦笑した。

「あれ、どうしました?」

 いつの間にか近くにきていたのか、そこにはセミロングの髪の毛をして、カリーナの制服をきたお姉さんが立っていた。

「道に迷っただけだよ。この寮は複雑過ぎる!!」

 あたしは笑った。

「そうですか、ここは中等科のエリアです。案内しましょう。増築に増築を重ねた寮なので、中はちょっとした迷宮です。紙を貸して下さい」

 あたしは手にしていた紙をお姉さんに手渡した。

「あっ、せっかくなのでご挨拶しましょう。私は中等科三年のビスコッティ・メレンゲという者です」

 あたしはお姉さんが差し出した右手を左手で握った。

「あたしはリズ。リズ・ウィンド。よろしく!!」

 あたしの挨拶に、ビスコッティが頷いた。

「では、案内しましょう。全て二人部屋になっています」

 ビスコッティが小さく笑みを浮かべた。


 まさに迷宮といえる複雑に入り組んだ廊下を通り、ビスコッティに先導されてある事しばし。

 青いタイルのエリアに、扉に名札が挿してある部屋の前で、ビスコッティが歩みを止めた。

「ここです。ルームメイトの名前もありますね。スコーン・ゴフレットですか。このエリアは、入試で特に成績が良かった者が集められた区画です。自信を持って張り切りましょう」

 ビスコッティは笑み浮かべ、通路の向こうに向かっていった。

「ふぅ、どうなるかと思ったけど、親切な先輩がいて助かったよ。さてと……」

 あたしは扉にある鍵穴に鍵を差しこんだ。

「あっ、まだきていないのかな。スコーンだっけ」

 あたしは笑みを浮かべ、一応ノックしてから鍵を開けて中に入った。

 落ち着いた色合いで統一された室内には、両脇の壁に添ってベッドがおいてあり、机が二つ置かれていた。あとは、バカでかい本棚と小さなクローゼットくらいか。

 部屋の真ん中に薄いカーテンがあり、それを引く事で最低限のプライバシーが保たれるようになっていて、これはありがたかった。

「さてと、どっちがいいか決めるのは、揃ってからでいいか。早くこないかな」

 寮生活など初めてなので、あたしは楽しみ半分怖さ半分という感じだった。

 しばらく立ったまま待っていると、扉が勢いよく開いて、あたしより少し背丈が小さい、ロングヘアの女の子が飛び込んできた。

「遅くなったちゃったよ。私はスコーン・ゴフレット。あなたは?」

「リズだよ。よろしく!!」

 ニコッと笑みを浮かべたスコーンが差し出した右手を左手で握って握手を交わし、あたしは小さく笑った。

「さて、どっちを使う?」

 あたしはベッドを交互に指さした。

「うーん、どっちでもいいけど、両方出窓だし私は向かって左がいいな。特に意味はないけど!!」

 スコーンが笑った。

「それじゃ、あたしが右側ね」

 あたしは笑みを浮かべ、向かって右側のベッドに座り、空間ポケットから大荷物を取りだし、ベッドの下にある引きし式の収納スペースに普段着や寝間着などを放り込み、大事な魔法書を本棚に収めた。

「よし、これでいいか。スコーン、終わった?」

 あたしは自分の陣地で、なにやらモソモソやっているスコーンに声をかけた。

「うーん、どこにやったかな。上級魔法使い証。あれ、掲示義務があるんだよね」

 スコーンの声で、あたしはハッとした。

「しまった、もってきたはずなんだけど……」

 上級魔法使い証とは、国が定めた基準をクリアした事をする賞状のようなものだ。

 あたしも認定者の一人ではあるが、これには面倒な掲示義務があり、この義務を怠ったところで特に罰せられる事はない。

 しかし、変なツッコミが入る前に、ちゃんとしておく方がいいだろう。

「えっと、あった!!」

 あたしは空間ポケットから、額に入れたままの上級魔法使い証をとりだし、いきなり壁に傷をつけるのは躊躇い、ベッドサイドのテーブルに立てかけた。

「スコーン、大丈夫?」

 あたしが問いかけると、スコーンは首をブンブン横に振った。

「どっかにあると思うんだけどな……。あった!!」

 スコーンが飛び散った服に埋もれるようにして、額縁を取りだしてベッドに放り投げた。「あとでちゃんと飾るよ。聞いた話しだけど、このあと入学式代わりの新入生魔法大会をやるんだって。制服に着替えておいた方がいいよ。もう、この学校の学生なんだし」

 スコーンが笑みを浮かべた。


 時間がそろそろ昼という頃合いになると、校内放送で新入生魔法大会開催の連絡があった。

「昼ご飯の時間だよね。ここの学食は無料って聞いたけど……」

 スコーンが一応という感じで財布を持った。

 パンフレットで事前に調べたところ、万一の魔法事故に備えて、半径二十キロの円状は草原のまま手つかずで残されている。

 そんなわけで、バイトに行きたくても一番近い町までかなり時間が掛かるため、学校からの仕事をこなす事で小遣い程度のご褒美をもらい、月に何回かある送迎バスで町に出かけるのが常という事だった。

「無料なら食べなきゃもったいないよ。まあ、念のためあたしも財布を持っていくけど!!」

 あたしは笑った。

「よし、行こう!!」

 スコーンが笑みを浮かべ、私たちは部屋から出た。

「えっと、学食は……」

 とにかくデカ広い学校だ。

 なんとか寮を出たものの、そこから先のマップがなかった。

「なんなの、これ……」

 あたしは頭を抱えた。

 スコーンが一生懸命壁に壁に埋め込まれた案内図をみていたが、やがて小さく息を吐いた。

「分からないって事が分かったよ。リズ、どうしよう……」

「そういわれてもね。なんでメシ食うのにこんなに苦労するんだか」

 あたしは頭をポリポリ掻いた。

「あら、どうしました?」

 困り果てた時、寮の出入り口からビスコッティが笑みを浮かべながらやってきた。

「あっ、そちらの方は初めましてですね。ビスコッティと申します」

「うん、ルームメイトだよ!!」

 あたしは笑った。

「そうですか。見たところ、なにかお困りのようですね。どうされました?」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「うん、学食に行こうと思ったんだけど、どうやっても場所が分からなくて」

 私は苦笑した。

「学食ですか。確かに慣れないと、なかなか場所が分かりませんね。引率しますので、そこの自転車を使いましょう」

 ビスコッティが指で指し閉めた場所には、大量の自転車が並んでいた。

「じ、自転車。校内なのに……」

「はい、これがないと教室移動にも困ってしまいます。どこにで駐輪場があるので、必要に応じて使って下さい」

 ビスコッティが笑みを浮かべ、乱雑に駐輪された自転車の一台を引っ張りだした。

「廊下に案内の矢印があります。食堂は赤ですよ。他にも色がありますが、追々覚えていけばいいかと。ランチの時間があまりありません。急ぎましょう」

 ビスコッティの言葉に頷いて、あたしとスコーンは適当に自転車を選んで跨がった。

「では、いきましょう。ゆっくり走るので、そのままついてきて下さい」

 ビスコッティは小さく笑った。


 ビスコッティに連れてきてもらった食堂は、よく手入れされているようで、淡いピンクに白玉模様という、男性職員や生徒にはちょっと恥ずかしいかもしれない空間に仕上がっていた。

「私も食事がまだなんです。お勧めはラーメンとチャーハン、餃子がセットになったランチC定食です」

 無料でも整理のためか、ビスコッティは食堂の真ん中に数台ある食券発券機に向かっていった。

 あたしとスコーンも同じように食券発券機に向かい、お勧めのC定食を選び、さらに大盛り券を発券した。

 ……あたしが特別大食いなわけではない。魔法使いは燃費が悪いので、変にメシを削ってしまうと、とんでもない空腹感にみまわれるのだ。

「私もC定食大盛り!!」

 スコーンが笑った。

「私も大盛りです。気が合いますね」

 ビスコッティが笑みを浮かべ、カウンターに向かっていった。

「あたしたちもいこう!!」

 あたしはスコーンの背中を押すようにして、食堂のカウンターに向かっていった。

「さて、今日は可愛い後輩たちもいるので、遠慮なく注文しましょう。おばちゃん、いつもの追加で!!」

 ビスコッティが笑った。

「えっ!?」

 私は思わず声がでた。

「はいはい、よく食べるねぇ」

 おばちゃんが調理している間、私とスコーンは料理が乗ったトレーを持ち、座席を確保した。

「それにしても、凄い量だね。食べきれるかな……」

 スコーンが箸で二十個ある餃子を突きながら、小さく笑みを浮かべた。

「よし、まずは先にラーメンを食べよう。麺が伸びちゃうから!!」

 ……ちなみに、あたしはラーメン好きだ。

「そうだね。食べよう!!」

 スコーンが笑みを浮かべ、特大丼に入ったラーメンを食べはじめた。

 正直、あまり期待はしていなかったのだが、予想に反してうまいラーメンだった。

「よし、スープまで全部飲んだぞ。あとは、ビスコッティを待とう」

 あたしは笑った。

 しばらく待っていると、器用にトレーを二つ持ったビスコッティがやってきた。

「うわ……」

 あたしの大食いは密かに自慢だったが、ビスコッティは大盛りC定食はもちろんのこと、さらに特大サラダとローストビーフの山盛りを持っていていた。

「さて、食べましょうか。これ、中等科特別定食などと呼ばれているんです。これでも、一回魔法を使えばなかった事になってしまいますからね」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

 ……恐るべしカリーナ。

 あたしはなにか身震いを覚えた。

 まあ、なにはともあれ、こうして昼食は終了した。


 寮の部屋に戻ると、どうやら大食いに慣れていない様子のスコーンが、ベッドに横になって唸りはじめた。

「あれ、食べ過ぎ?」

「うん、酷いよ。あんまりだよ。食堂が怖いよ!!」

 スコーンはそのまま動かなくなってしまった。

「あれ、死んだ?」

「死んでないよ!!」

 あたしは笑い、整理しておいた荷物の中から簡単な魔法薬精製道具一式を取りだし、机の上で組み立てた。

「えっと、食べ過ぎは……」

 あたしはノートをパラパラ捲り、少しは研究していた魔法薬のレシピを読んだ。

「さてと、材料材料……」

 元々は自分用に持ってきていた魔法薬の材料を、装置の然るべき場所に入れてから、精製水を入れた丸底フラスコの下にアルコールランプを差し入れ、そっと点火した。

 程なく丸底フラスコの精製水が沸騰し、ゴム管とガラス管で組んだ装置の中を蒸気が流れていき、透明なお湯が終点のビーカーに溜まり始めると、それをあらかじめ用意しておいた小さな金だらいに捨てた。

 それを繰り返してしばらく経つと、ようやく黄緑色の薬液がたまりだしたが、上澄み液は不要なのでまた捨てた。

 それから間もなく、ビーカーに濃い黄緑色の薬液が溜まりはじめ、あたしは満足して丸底フラスコの水がもう少しでなくなるという時点で、アルコールランプを消した。

 それからもジワジワ薬液が溜まっていき、全て出し切ったところで、熱々の魔法薬に冷却の魔法をかけて、徐々に冷やしていった。

「よし、多分出来た!!」

 ……自信はない。魔法薬は苦手だ。

「スコーン、薬を作ったよ。ビーカーのままだけど、洗ってあるから心配しないで!!」

「ありがとう」

 スコーンがモソモソとベッドの上に半身を起こし、あたしが差し出したビーカーの薬液を飲んだ。

「ん……。おぎょ~!?」

 スコーンが掛け布団を弾き飛ばし、そのまま部屋から飛びだしていった。

「ん、まずかったかな。失敗はしていないはずだけど……あっ」

 あたしはノートをみて頭を掻いた。

「材料が足りなかった。これじゃ、即効性の下剤だね。まあ、毒じゃないからいいけど」

 あたしは冷や汗をかいた。

「ま、まあ、似たようなもんか。やっぱり、魔法薬はどうにも苦手なんだよね。これも魔法だから、ちゃんと覚えなさいって村の学校で散々やったけど」

 あたしが道具を片付けはじめると、開いたままだった部屋の扉をノックして、ビスコッティが入ってきた。

「新入生魔法大会開始の時間がもうまもなくなので。呼びにきました。しかし、スコーンさんがトイレに飛び込んでいったり、魔法薬精製後の特有のニオイがしたり、なにをイタズラしたのですか?」

 ビスコッティはにこやかに問いかけてきた。

「うん、スコーンが食べすぎで動けないから、胃腸薬を作ったんだけど、材料を一個入れ忘れて即座に効く下剤みたいになっちゃって……」

「なるほど、レシピはありますか?」

 あたしはビスコッティに研究ノートを手渡した。

「ずいぶん年季が入ったノートですね。いい事です。さて、このページですね」

 ビスコッティが赤ペンを取り出し、あたしのノートを真顔で読んでいった。

「そうですね……。研究が甘いです。こことここが特に……」

 ビスコッティが赤ペンで、私のノートに色々書き込みをはじめた。

「胃腸薬であれば、クラウディアの実を少々加えるといいですね。アルキサンの実は安いですが、ここがミソなんです。ケチってはいけません。その他、やり直しですね。もっと頑張りましょうと書いておきます」

 ビスコッティは笑みを浮かべ、あたしの机にノートをおいた。

「それにしても、よくこれだけの装置で魔法薬を作りましたね。これは、センスの問題です。私の目では、もう一端の魔法薬師といえるかもしれません」

 ビスコッティが笑った。

 そのビスコッティの制服の胸の辺りに、国家認定薬師を示す十字をモチーフにした記章がある事を見つけた。

 その他たくさん……ただ者ではない。

「そうですね、よかったら私の弟子になりませんか。師匠と呼べとはいいません。魔法薬について、教える事で教わる事も多いのです」

 ビスコッティは笑みを浮かべた。

「で、弟子!?」

 あたしの声が裏返った。

「はい、この装置の作りをみて、使い慣れていない事は一目瞭然です。まずはそこからいきましょう。はい、これ」

 ビスコッティは制服のポケットから小さな記章を取りだし、私の制服の胸の辺りにつけた。

「銀色が一人前、白は見習いです。はい、勝手に決めてしまいました。私にもメリットがあるんですよ。弟子が出来ると学会でも少し有利なんです。もっとも、そんな理由でお誘いしたわけではありませんが」

 ビスコッティが笑った時、腹を抱えたスコーンがかえってきた。

「はぁ、酷い目にあったよ。薬を作ってくれたから文句はないけど、せめて自分で一口飲んで試してからにしてね」

 スコーンが苦笑した。

「えっ、試しもしないで飲ませたのですか。ちょっと、そこを動かないで下さいね」

 あたしが思わず体を固めると、少し強めのビンタが飛んできた。

「ダメです。どんな薬師も、できた薬を匙一杯は飲んで出来を確かめてから服用させます。万一、毒だったらシャレになりませんよ」

 顔をビシッと真顔に変えたビスコッティに、返す言葉がなかった。

「だ、だめだよ、私のためにやってくれたんだから!!」

 スコーンがビスコッティに抱きついた。

「これは弟子への指導です。大丈夫ですよ」

 笑顔に戻ったビスコッティが、スコーンの腕をそっと解いた。

「えっ、弟子!?」

 スコーンが目を丸くした。

「うん、なんかそうなった。魔法薬師の弟子だよ。苦手なんだけど、スキルアップのチャンスかな」

 あたしが笑うと、スコーンは私の胸についている記章を指さした。

「これ、ただの弟子じゃないよ。国家認定薬師の弟子っていったら、もうそれだけで尊敬されちゃうほどだよ。私も欲しかったけど、そもそも王都の学校じゃそんな人は手が届かない存在だったし!!」

 スコーンの声に、ビスコッティが笑み浮かべ、空間ポケットから自分の机に乗るだけの器具を取りだした。

「なんでもいいです。装置を組み立てて下さい。時間がないので、極力早めに」

 ビスコッティが笑み浮かべた。

「なんでもいいって……道具の名前も分からないよ。学校では組み立てられた装置しか使ってないし……。とりあえず、適当に」

 スコーンがあたしも見た事がない器具を相手に悪戦苦闘している間に、あたしは器具が冷めた事を確認し、鞄にしまっていった。

 机上が空になると、ビスコッティが小さく笑い、あたしの机上にスコーンと同じ器具を並べた。

「課題は同じです。上手くいくと、かなり高度な魔法薬が精製可能になりますよ」

 ビスコッティが笑み浮かべた。

「うん、やってみるけど、見た事がない器具だよ」

 私は器具を数秒眺めてしばし、なんとなく思いついたままに装置を組み立てていった。

 見た事がないなら、なんとなく組み立てられればいい。

 分からなければ聞けばいい。

 そんな感じで装置を組み立て、私は額の汗を拭った。

「出来たけど、これでいいの?」

 あたしが問いかけると、ビスコッティが装置の詳細を確かめ、スタートの丸底フラスコに精製水を注ぎ、一目で分かる材料をセットする場所に見た事のないものを詰め、アルコールランプを丸底フラスコの下においた。

「さて、なにが出来るでしょうか。毒かもしれませんよ」

 ビスコッティが笑み浮かべ、隣のスコーンをみた。

「慣れていないとグチャグチャになってしまいます。見事にこんがらがった作りになってしまいましたね。これでは、魔法薬の精製が出来ません。解答はこうです」

 椅子にぐったり身を預けていたスコーンが、身を起こしてノートにスケッチをはじめた。

「あら、急にどうしました?」

「うん、見慣れないものは全部スケッチするんだよ」

 スコーンが笑った。

「へぇ、カメラもあるのに珍しいね」

「写真はダメ。覚えられないから」

 スコーンがせっせとスケッチをしている間に、私の装置の方が仕上がったらしく、最後のビーカーには金色の薬液が落ちていた。

 それを冷却の魔法で慎重に冷やし程よい温度になると、ビスコッティがそれをとって一口飲んだ。

「大丈夫です、無事に完成しました。飲んでみて下さい」

「分かった。だけど、なんの薬?」

 私が問いかけると、ビスコッティが笑み浮かべた。

「これから新入生魔法大会です。ちょっとしたブースト剤です。スコーンも終わったら飲んで下さい。これで、大技を繰り出しても余裕が出来るはずです」

 ビスコッティが笑み浮かべた。

「そっか、いい薬を飲んだ。ありがとう!!」

「いえいえ、さて、装置を片付けたら、さっそく校庭に行きましょう。二十キロ四方もあるので、慣れないと呆気に取られると思います」

 ビスコッティが笑った。


 ビスコッティを先導に校舎から校庭に出ると、まさに呆気に取られるほど広かった。

「これも、ここで魔法実習するためのスペースを確保するためなんです。今年の入学者は三百名程度と聞いていますので、クラス分けはないでしょう」

 ビスコッティが笑み浮かべた。

「そっか、それが少ないかどうかは分からないけど、どこまで通用するか楽しみだねぇ」

 あたしは笑みを浮かべた。

「そうだね。王都住まいだったけど、私がここに合格してから、近くの町に引っ越してくる予定だもん。気合い入れないと!!」

 スコーンが笑った。

「そっか、それは緊張するね。よし、行こうか」

 あたしたちは本部のようになっている仮設テントに向かい、教員から整理券を受け取った。

 新入生魔法大会はもう開会しているようで、ちょうど開会式を吹っ飛ばしてしまったようだが、その方が退屈しなくてよかった。

 あたしたちは地面に座り、雑談交じりに他の学生の魔法を見ていた。

「危ないな。瞬間最大魔力の最大限だよ。暴発スレスレだよ」

 順番が回ってきた学生の魔法に、スコーンがクレームをつけた。

「それもこの学校です。あくまで、自己責任です」

 ビスコッティが笑み浮かべた。

 瞬間最大魔力とは、一度に使える魔力の量だ。

 体内に存在する魔力は潜在魔力というが、これは生来のもので変えられない。

 瞬間最大魔力は、それなりの方法で拡大出来るので、トレーニングは欠かせなかった。

「そっか、どおりで死者が出るわけだ。怖いな」

 あたしは苦笑した。

 待つ事しばし、先にスコーンの魔法を見る事として、私は校庭の真ん中に歩いていったスコーンを見送り、このために仕込んでおいた魔法の最終点検をしてそっと鞄にしまった。

『光の矢!!』

 スコーンの声が聞こえ、ド派手な攻撃魔法が炸裂し、周囲からから歓声が上がった。

 笑顔で戻ってきたスコーンの肩をポンと叩き、次の順番になったあたしは校庭の真ん中に移動した。

「さて……」

 あたしは鞄の中から空間でも書ける特殊なチョークで、複雑な文様を描いた。

 それでなにか分かったらしい。テントの下にいた教員たちが止めるべきかどうか悩んでいたようだが、その間にあたしは呪文を唱えた。

 一世一代の魔法。それは、禁術スレスレの魔法の要素を盛り込んだ、あまり使う人がいない召喚魔法の一種だった。

「……我、汝の主なり。今ここに姿を顕現し、その力をみせよ!!」

 呪文を唱え終えた途端、先程書いた文様が激しく光り……そして、いきなり崩壊した。

「クソ、魔法が崩壊した。失敗だ」

 あたしはは毒づきながら、キャンセルの魔法を使った。

 一発勝負の攻撃魔法ならこうはいかないが、余裕がある召喚魔法は自力でキャンセルできる。

 しかし、崩壊した魔法は止まらず、数瞬後には辺りが目映い光りに包まれた。

 それが収まると、私は目の前にあったものを見て愕然とした。

「……トラックだよね?」

 他国で開発された車の中でも、もっとも輸入が多いのは荷物運搬用のトラックだが、こんな巨大なものは見た事がない。

 そして脇に駐められた小さな車両。

 これなら似たサイズのものは見かける、幌屋根でそこら中ベコベコヘコんだ痕があり、使い込まれているなという印象だった。

 まあ、そっちはいいとして問題はトラックだった。

 運転席側に回ると、いかにも乗ってくださいとばかりに扉が開き、あたしはステップをよじ登るようにして、スルッと体をシートに乗せた。

 車体なりに広い運転室という感じだったが、特徴的だったのはダッシュパネルに赤くてデカいランプが点灯している事だった。

『ようこそ、私はHAL9000。お名前は?』

 いきなり機械的な声が聞こえ、あたしは思わず飛び上がってしまった。

「リズ、リズ・ウィンドだけど……一体なに?」

『はい、では親しみこめてリズと呼ばせて頂きます。簡単にいえば私はこの車体を制御してる機械です。乗った事がない方でも動かせるように、私が全て操作するオートモードがお勧めです』

 あたしは大きくため息を吐いた。

 ……こんなの召喚してどうする。

 しかし、思いの外ウケたようで、教員や新入生まで全員集まってしまい、降りるに降りられなくなってしまった。

「リズ、大丈夫!?」

 隣の席にスコーンが滑り込んできて、目を丸くした。

「ああ、スコーン。どうしよう……」

「これトラックでしょ、だったら荷物を運べばいいじゃん。そんな事より、隣のちっこいヤツ、さっそくビスコッティが整備をはじめたよ!!」

 スコーンが笑った。

「あっちも謎なんだよね。召喚魔法をしくじって、変なふうに空間が捻れたっぽい。あたしとした事が……」

 ……とてもいえない。本来はバハムートを召喚する予定だったとは。

『ようこそ、そちらの方のお名前は?』

「うわ、喋った。格好いい。私はスコーンだよ。スコーン・ゴフレット!!」

『では、スコーンと呼ばせて頂きます。なにか、大歓迎のようですね。あっ、お二人に精神波チャンネルを開きたいと思います。許可をお願いします』

「HAL9000じゃ呼びにくいから、キットにするね。精神波チャンネルってなに?」

 よく分からないので、あたしは素直に聞いた。

『キットですね。よろしくお願いします。精神波チャンネルとは、私と太いケーブルを張って、いっそう意思疎通をスムーズにしたり、私の動力源である魔力を少し頂くシステムです。その間、今までの記憶も同時に流れ出てしまいますがそれはみません。許可を願います』

「分かったような分かったような感じだけど、要は必要な事なんでしょ。だったらやっていいよ」

 あたしははキットに答え、隣のスコーンの様子を見ると、満更でもないという様子で頷いた。

『では開きます。痛みはありませんよ。ナンバーワンコネクト、ナンバーツコネクト』

 キットの声と共に少し目眩をしたが、大した違和感はなかった。

「それで、どうかしないと邪魔だよ。これ」

『はい、挽き潰しますか?』

「馬鹿野郎、それはダメ!!」

 ……キットの事、少し好きになった。

『では、クラクションでも鳴らしましょう』

 キットの声と共に、図太い巨大な音が鳴り、トラックを囲んでいた学生や教員がパッと散り、その巨体に見合った動きでゆっくり走りはじめた。

「校庭の端なら邪魔にならないかな……」

『分かりました。適当なところに駐めます。二十キロも歩くのは嫌でしょ?』

 キットの口調が少し砕けたものになり、あたしはホッとした。

 オートモードの素晴らしさで、あたしでは出来ない動きで大型のボディを校庭に収めると、キットは『スタンバイ』と呟くようにいって、赤ランプの明度が落ちた。

「よし、降りよう!!」

「分かった!!」

 あたしの呼びかけにスコーンが答え、二人して運転室から校庭に降りた。

 その隣にボコボコにヘコんでいる小型車が並んで止まり、なにか妙に安定感がある構図になった。

「こちらは私が運転します。このくらい気合いが入った車がいいんです」

 ビスコッティが笑み浮かべ、こちらに近寄ってきた。

「そんなボロ車どうするの?」

「外装はボロボロですが、機関部と駆動部は問題ありません。まだ走れますよ」

 ビスコッティが笑った。


 あたしはいきなり危機に直面した。

 あの魔法大会での特大変なものを呼び出した事が原因なのだが、召喚魔法は原則禁止だったようだ。知らなかった。

 これは前代未聞らしいが、初日に反省文……二十枚をいい渡さられ、寮の部屋の机に向かって、専用用紙にガリガリ書いていた。

「二十枚ってなにを書くんだよ!!」

 頭をガリガリ書きながら、とりあえず『ごめんなさい』とひたすら書いていると、部屋の扉がノックされた。

「あっ、待って!!」

 魔法書を読んでいたスコーンが、部屋の扉を開けるためにソファ代わりのベッドから飛び下り、鍵を開けた。

 向こうから扉を開けて部屋に入ってきたのは、ビスコッティと見慣れない六名だった。

「私が信用する仲間たちです。トラックがある以上荷運びの仕事もあるでしょう。この界隈はなにもない事をいい事に、盗賊の縄張りとなっています。私たちがあの小さな車で護衛しますので安心して下さい。それにしても、反省文ですか。その程度のお仕置きなら、私の顔で取り消させる事が出来ますので、さっそく手を回します。そんな暇があるなら、この魔法薬の書物を読んで下さい。奥深くて楽しいですよ」

 ビスコッティは笑み浮かべ、私の机上にあった反省文用紙を取り上げた。

「それにしても、驚きました。杖なしで召喚魔法なんて器用ですね」

 ビスコッティが小さく笑った。

 そう、召喚魔法は専用の杖がないと使えないというのが、魔法使いの常識だった。

 だったら、それをぶっ壊してやる。そういう気合いで使ってみたが、どうにも不安定だった。

 あとは研究あるのみ。失敗は成功の母である。

「器用というか……まあ、変な魔法使いだと思って!!」

 あたしが笑うとスコーンが読んでいた魔法書をベッドに放り投げた。

「わかんない、なんで召喚が成立したのか。どの本も杖が必要って書いてある。教えて!!」

 スコーンが私にくっついてきた。

「知らない方がいいよ。反省文書きたくなかったら」

 あたしは笑い、例の召喚魔法の研究ノートをスコーンに渡した。

「いっておくけど、それは試作だからね。使わない方がいいよ」

「うん、ヒントが欲しいだけ。そもそも、人によって呪文が変わるから!!」

 スコーンは大事そうにノートを抱え、自分のベッドに腰を下ろしてを読みはじめた。

 人によって呪文が違う。まさにその通りだった。

 魔法の呪文はルーンワーズという魔法文字で構成されているが、これが人によって全く違うのだ。

 故に同じような魔法は作れるが、全く同じ魔法は使えない。

 こういった魔法学校では、そのヒントを教えてくれるだけで、モノに出来るかどうかは各個人次第だった。

「さて、この六人について名前程度は紹介しておきます。リナ、シノ、ララ、カボ、トロキ、アリスです。それぞれが、ルームメイトなんですよ」

 ビスコッティが笑った。

「へぇ、よろしく!!」

 私はニコニコしている六名に挨拶した。

「……ビスコッティって、部屋を一人で使ってるでしょ。私には分かるんだよ。硝煙と血のニオイは簡単に消せない。だからって、どうとも思わないけどね」

 スコーンがノートを読みながら、ニヤッと笑みを浮かべた。

「そうですか。これでも丁寧に洗っているのですが……お察しの通り、私は二人部屋を一人で占領しています。みられるとマズいものがたくさんあるので」

 ビスコッティは何事もなかったかのように、優しげな笑み浮かべた。

「ンギッ……それって、まさか」

「はい、人は時として両面を持つものです。ここにいる限り、私は普通の学生ですよ」

 ビスコッティが笑み浮かべた。

「そ、そうだね。あたしだって、もしかしたら、なにかあるかもしれないし……」

「まあ、それを追求しない方がいいですよ。さて、そろそろ学生課がしまいます。リズの反省文を取り消してきますね」

 ビスコッティが笑みを浮かべ、六名を連れて部屋から出ていった。

 今度はあたしが鍵をかけ、小さく息を吐いた。

「ビスコッティって、なんかただ者ではないって感じがするけど、やっぱり……」

「変な目でみないであげてね。本人が一番悩んでいるはずだから」

 スコーンが笑った。


 部屋には狭いながらもシャワールームがあり、面倒な時は助かった。

 スコーンと話し込んでいると、いつの間にか日付が変わってしまっていた。

 なお、ここの大風呂は二時から四時までは清掃のため利用不可とパンフレットに書かれていたので、今日はシャワールームを使う事にした。

「おぎょ!?」

 素っ裸でシャワールームに入ったスコーンが、いきなり変な声を上げた。

「おーい、どうした?」

 あたしは笑みを浮かべ、スコーンに近寄った。

「中に変なのがいる!!」

 シャワールームの入り口から飛び退くように離れたスコーンは、あたしの背後に回って抱きついてきた。

「変なのねぇ……」

 あたしは一応用心して、そっとシャワールームの扉を開けた。

 すると、緑色のモヤのようなものが床に溜まっていた。

「ああ、ゴーストだよ。輪廻から外れちゃった魂がこうなっちゃうんだけど、ちゃんと鎮魂すれば大丈夫。スコーンは浄化の魔法使える?」

「使えないよ。こういうの苦手なんだよ。あんまりだよ……」

 あたしの背後で泣きはじめてしまったスコーンの様子に思わず苦笑してから、浄化の呪文を唱えた。

 一瞬ピカッと光り、ゴーストは『ありがとう~』と掠れたような声を最後に、シャワールームから姿を消した。

「スコーン、もう大丈夫だよ。浄化というより、魂を輪廻の輪に戻してやるだけだから、消し去ったわけじゃない。基本的にゴーストは無害だし、水場に集まるからたまたまだよ」

「ホント、もういないの?」

 スコーンが目をゴシゴシしながらあたしの背後から出て、そっとシャワールームに入った。

 ロングの髪の毛を濡れないように留め、扉をそっと閉めたスコーンがバッタンガタンと派手な音を立てて手早くシャワーから上がろうという感じで、あたしは笑ってしまった。

「スコーン、体を洗う石けんとか色々持ってるの?」

 あたしは笑った。

「……鞄に入ってるから取って」

 最後にため息まで吐いて、扉の向こうから声が聞こえてきた。

「はいはい、そんな事だろうと思った。えっと、鞄ね」

 あたしはスコーンのベッド脇にある鞄を開け、中からお風呂セットを取り出して、シャワールームの扉を開けて手渡した。

「ありがとう。急がないと、またゴーストがきちゃう!!」

 スコーンが慌てて受け取ったお風呂セットで、ゴシゴシしている音が聞こえてきた。

「さて、あたしも準備するかな……」

 あたしはベッドの下に置いていたトランクからお風呂セットを取り出し、ベッドに座ってビスコッティがくれた本を読みはじめた。

「リズ、レモン石けんじゃない。ボディソープ!!」

 シャワールームからスコーンの声が聞こえた。

「ん、そんなのなかったよ!!」

「ええ!?」

 スコーンがびしょ濡れでシャワールームを飛び出し、自分の鞄を開けてゴソゴソはじめた。

「ない。間違えた!!」

「……いや、あたしにいわれても」

 あたしは苦笑した。

「リズ、持ってる?」

「あるよ、今日はそれで我慢して。明日、購買で買えばいいよ。パンフレットに出ていたよ」

 あたしはボディソープをスコーンに手渡した。

「ありがとう。すぐに出るから!!」

 スコーンは再びシャワールームに消え、バタバタと暴れるような音が聞こえてきた。

「全く、忙しいね」

 あたしは苦笑した。


 二人ともシャワーを浴びてすっきりして、寝間着に着替えればそれであとは寝るだけになった。

「一応、カーテン引いておくよ。今日知り合ったばかりだし、なにかと気を遣うでしょ」

「分かった。お願い!!」

 あたしはカーテンを引くついでに扉の鍵が閉まっている事を確認してから、半個室になった自分の領地にあるベッドに座って、延々とビスコッティの本を読んだ。

 ところどころ付箋が貼ってあったり、書き込みがあったり、本としてはここまで使い込まれてありがとうという感じだった。

「へぇ、奥が深いね。知ってる材料もあるけど、これは知らなかったな……」

 これもある種の魔法書だ。

 魔法書と聞けばなんでも読まないと気が済まないあたしは、夜更けまでずっと読み続けた。

 これが、カリーナでの初日。

 色々あったなぁと思いながら、あたしは本を机上に置き、魔力灯の明かりを絞って布団に潜ったのだった。

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