第4話 初授業とやってきた二人

「リズ、起きて!!」

 スコーンの声で、あたしは目を覚ました。

「ん、もう朝か……」

 テントに空けられた窓からは、早朝の弱い日差しが差しこんでいた。

「うん、朝だよ。みんなもう起きて、朝ごはんの支度をしてるよ!!」

 すでに寝袋を畳んだ様子のスコーンが笑みを浮かべた。

「あれ、寝坊したか……」

 あたしはモソモソと寝袋から出て、綺麗に畳んでテントの隅に置くと、座ったまま上半身だけ伸びをした。

「寝坊じゃないけど日の出は見過ごしたね。残念!!」

 スコーンが笑った。

「日の出ね。まあ、それはそれで残念だ……眠い」

 あたしは欠伸をして、隣で私のそばに座っていたスコーンの頭を軽く叩き、一緒にテントから出た。

 すると、ビスコッティを含む六名が大量の汁物を煮込んでいて、早めの朝食を用意している様子だった。

「あっ、おはようございます。朝食は学食直伝の野菜煮込みうどんですよ」

 あたしに気が付いたようで、バカでかいヘラで鍋をかき混ぜながら、笑顔を浮かべた。

「おはよう。朝から活発だね」

 あたしは笑った。

 腕時計をみるとまだまだ朝というには早すぎる時間だったが、みんな朝に強いようで元気に動いていた。

「まあ、あたしはまだ寝起きがいい方だと思うけどね……」

 あたしは誰ともなく呟き、小さく笑った。

「うん、寝起きはいいね。ビスコッティが、朝ごはんができたら起こすようにっていわれていたけど、待ちきれなくて」

 スコーンが笑った。

「そっか、まあ寝坊よりはいいよ。さて、今日から授業か。どんなもんだか」

 あたしは笑った。


 屋上でたらふく煮込みうどんを食ったあと、テントや天体望遠鏡の片付けを済ませた頃には、日も昇って暖かくなってきた。

「それでは、これから初授業ですね。みなさん基礎的な事は出来ますし、知識も経験もあるはずですが、もう一度磨いてみるチャンスです。頑張ってくださいね」

 ビスコッティの笑みに送られて、あたしとスコーンは先に屋上からエレベータで寮への通路がある一階に下りた。

 寮に着くとシャワー室で汚れを落とし、あたしとスコーンは部屋で授業の準備をした。

「なんか、懐かしいというか……。村の魔法学校を卒業してからそんなに経たないのに、こういう準備してると、色々思い出すなぁ」

 あたしは誰ともなく呟き、小さく笑みを浮かべた。

「私はいい思い出がないんだよ。王族枠で入学しただろうとかなんとかいわれ続けて、ムカついて本気だしたら、いつの間にか認められてた」

 スコーンが笑った。

「そりゃいいね。あたしは両親かな。特にクソジジイがあの調子でしょ。ガンガンいわれて殴り合いの喧嘩をして、ムカついて主席卒業してやった!!」

 あたしは笑った。

「そっか、色々あるもんだね。よし、教材は揃ってるね。いこう!!」

「あいよ!!」

 スコーンの声に応じて気合いを入れ、あたしたちは部屋を出た。


 ここカリーナには無数のデカい教室がある。

 そのうち一つ、中央棟第八教室が初授業の場だった。

「へぇ、こうしてみると凄いね」

 あたしは感心して呟いた。

 ずらっと机と椅子が並び、その最大定員は千人弱というのだから、その規模は推して知るべし。

 もちろん、教壇から最後列まで教師の声は届かないので、マイクを使って声を飛ばし、天井からあちこち設置されたモニターにホワイトボードが見えるようになっていた。

「さて、座ろうか。前の方がいいな」

 スコーンが笑みを浮かべた。

「うん、あそこ空いてるよ。座ろう!!」

 あたしたちは、あまり人気がない最前列の真ん中にある席を確保した。

「やっぱり、後方は苦手だな。最前列の方がいい」

 あたしは笑った。

「そうだね。私も後方よりは前方だなぁ」

 スコーンが笑みを浮かべた。

 あたしはまた笑って、バンドでまとめた教材を机上に広げ、授業開始の前にサラッと教科書の内容を確認した。

「まあ、ホントに基礎だね。でも、馬鹿にしちゃいかん内容だぞ。さすが、一応は魔法学校を出た者が、さらに勉強したくて入る巨大な魔法学校だね!!」

 あたしは笑った。


 授業の〆に行われた実力マメテスト。

 リズ:E(名前書き忘れ)

 スコーン:A

  ……我ながら、酷い。

「ああああ!?」

 あたしは教室からみんなが出ていくにも構わず、返された答案用紙をみて頭を抱えた。

「ちゃんと名前を書いていればSランクだったのですが、今は基礎の時間です。注意力散漫では危険ですよ」

 柔和な笑みを浮かべた教師が、教壇から下りて教室の外に出ていった。

「……スコーン、なんかこう甘いものが欲しい。持ってない?」

 あたしは答案用紙をそっとスコーンのものと入れ替えたが、意味がない事だった。

「えっ、今はハバネロソースしか持ってないよ」

 ……なぜ、そんなホットなものを?

「……じゃあ、学食にいこう。次の授業まで、まだ時間があるし」

「……わ、分かった」

 ……こうして、あたしとスコーンは学食に向かった。


 学食に着くと、間食する学生が多いようで、そこそこ混んでいた。

「……超デカパフェでも食うか」

 あたしは食券発券機で食券を取り、それをカウンターに持っていった。

「わ、私もそれでいく!!」

 スコーンが慌てた様子で、同じ物をチョイスした。

「気遣わなくていいよ。好きなもの頼みなよ」

 あたしは苦笑した。

「いいの、これ!!」

 スコーンはカウンターに叩きつけるようにして食券をだし、小さく笑った。

「なに、テストの結果がそんなにショックだったの?」

「当たり前だよ。そうじゃなかったら、学生じゃない!!」

 あたしは笑った。

 しばらく待って、目を見張るほど巨大なパフェが出てきて、私たちは苦労してトレーに乗せ、空席のソファに腰を下ろした。

「しっかし、これ材料費いくらだ。半月はパフェをみるだけで、胃もたれするかもね!!」

 あたしは苦笑した。

「そうだね。これは堪らん!!」

 スコーンが笑った。

 まあ、残すのはあたしの信条に反するので、途中で休憩を挟みながら、なんとかパフェを完食した。

「はぁ、すっきりした。これで、次の授業に集中できるよ」

 あたしは笑った。

「そっか、良かったよ。元気にいかないとね!!」

 スコーンが笑みを浮かべた。


 今日は座学のみの授業だった。

 全ての授業を終えた頃には、時刻は夕方になっていた。

「どう、初日は?」

 自転車で寮に向かいながら、あたしはスコーンに問いかけた。

「うん、面白い!!」

 スコーンが笑った。

 実際、基礎の基礎をじっくり理解させようという感じの内容で、大体知っている自信があったあたしだったが、目に鱗という事もあった。

 さすが、この国で最高峰という魔法学校だけあって、手抜かりはなかった。

「あたしも、久しぶりに楽しかったよ。やっぱり、魔法はいいね!!」

 あたしは笑みを浮かべた。

 三十分ほどかけて寮に着くと、あたしたちは部屋に向かった。

「さてと、宿題片付けるか!!」

 部屋の扉を開けると、ジャージを着た二人の女性が深く頭を下げた。

「おぎょ!?」

 スコーンが変な声を上げて素早く逃げようとしたところを、一人が素早くキャッチして部屋に引きずり込んだ。

「お帰りなさいませ。私たちは城から派遣された、スコーン様付きのメイドです。あちらで逃げようとしているスコーン様を抱えて、お尻ペンペンしているのがキャストで、私はキャシーです。この学校の用務員という名目で雇って頂き、お二人の身の回りのお世話をさせて頂きます」

 キャシーと名乗った女性が、笑みを浮かべて握手を求めてきた。

 それに応じて私は苦笑した。

「メイドを用務員って……。それで、ジャージなの?」

「はい、目立ってしまわないように、この恰好です。動きやすいですし、汚れても洗えばいいですから」

 キャシーが笑った。

「それで、なんでスコーンは逃げようとしたの?」

 あたしが問いかけると、キャシーが笑った。

「元々、私たちメイドがお世話させて頂く事が嫌いなようでして。その上、私はともかく王族でさえ怖がられている侍従長のキャストがいるとなると、スコーン様が逃げたくなるのも無理はないかもしれません」

 キャシーが笑みを浮かべた。

「……そんなに凄いの?」

 あたしは苦笑した。

「凄いというか、とてもパワフルなのです。バリバリ仕事を片付け、相手が誰であれ間違った事をしている者をビシバシ正し、睡眠時間は一日二時間で働き続けるので、あだ名はマシーンです」

 キャシーが笑った。

「……凄いな。地雷を踏まないように気をつけよう」

 あたしは苦笑した。


 あたしとスコーンの邪魔をしてはいけないと、メイドさん二人は空いていた隣室をホームにして、呼んだり必要だと思った時はそこからすぐにやってこられるようにした。

 念のためと、お互いの扉の合鍵を一本ずつ交換し、部屋の出入り口で一礼すると、二人は扉を閉めて出ていった。

「リズ、最悪だよ。侍従長とキャシーのコンビなんて、無敵すぎて扱い切れないよ……」

 スコーンが思い切り嘆息した。

「えっ、いいじゃん。楽できて!!」

 あたしは笑った。

「……知らないからいえるんだよ。寝起きから一日中管理されたら、息苦しくて耐えられないと思うよ」

 スコーンが頭を抱えた。

「ここは城じゃないよ、二人とも、その辺りはわきまえてくれるよ」

 あたしは笑った。

「まあ、そうだけど、どうも記憶がね」

 スコーンが苦笑した。

 しばらくスコーンと雑談していると、扉がノックされた。

 あたしが扉を開けると、ビスコッティとアリスが顔を覗かせた。

「こんにちは、無事に授業が終わったようですね。今日から侍従が二人つくと伺っていましたが、もう顔合わせは済みましたか?」

 ビスコッティが笑み浮かべた。

「うん、さっきやった。隣の部屋が詰め所だって!!」

 あたしは笑った。

「そうですか、私もご挨拶しておきましょう。なにかと顔を合わせると思いますので」

 ビスコッティが笑み浮かべ、隣室の扉をノックした。

「はい、大丈夫ですか?」

 キャストの声が聞こえ、扉が開けられた。

「あっ、宿泊先のラパト村からこちらにいらっしゃった、スコーンの侍従者ですね。お話しは伺っています。私はビスコッティといいます。二人とは保護者のような感じで付き合っています。よろしくお願いします」

 ビスコッティが笑み浮かべた。

「あなたが話しに聞いたビスコッティ様ですね。私はキャストでこちらがキャシーです。こちらこそお願いします」

 キャストが笑みを浮かべ、キャシーが頭を下げた。

「では、お時間があるようでしたら、校内を簡単にご案内します。知っておいて、損はないはずです」

 ビスコッティが笑み浮かべた。

「そうですね。ぜひお願いします。どこに何があるのか、まだ把握していないので」

 キャストが一礼した。

「では、行きましょう。リズとスコーンは、なるべく部屋にいて下さい。夕食前に軽くお茶しましょう」

 ビスコッティが笑み浮かべ、キャストとキャシーを連れてどこかに向かっていった。

「で、アリスは立番?」

 あたしは笑った。

「うん、そういう事だ。それにしても、大変だったらしいぞ。リズの村から帰る途中で、親父さんに追い抜かれただろ。あれに積んでこられたせいで、着くと同時に医務室に担ぎ込まれたらしい。その上さらに、ここの職員として扱うようにと、王直々の紹介状があってもなかなか受けてもらえず、あとは気合いと根性だったらしい。見習った方がいいな」

 アリスが笑った。

「へ、へぇ……なんであたしの村なんかにいたんだろう」

 街道筋というわけでもなく、用もなく立ち寄る場所ではない。

 あたしは素直に不思議に思った。

「うん、医務室で医師が聞いた話しだと、王都発の長距離バスを乗り間違えて、お前の村に行ってしまったらしい。宿にいたから、スコーンに気が付かなかったらしいな」

 アリスが笑った。

「そっか。あの長距離バスって三日に一回しかこないから、間違えたら最悪だよ。まあ、無事に落ち合えてよし!!」

 あたしは笑った。

「嬉しくないよ。せっかく伸び伸びできると思ったら、キャシーだけならまだしも、キャストまで一緒じゃ『お教育』されちゃうよ。泣きそうだよ」

 スコーンが小さくため息を吐いた。

「だから、ここは学校だって。城じゃないから、そんな必要ないでしょ。もしアレなら、あたしがブロックするから安心して!!」

 あたしは笑った。

「ありがとう、少し元気が出てきたよ」

 スコーンが小さな笑みを浮かべた。

「さて、宿題でもやるか。面倒だから、とっとと片付けよう!!」

 あたしはスコーンの肩を押し、室内へとも戻った。


 二時間ほどで宿題を終わらせ、あたしはスコーンと雑談を交わしていた。

「はぁ、いつ帰ってくるかな。私は怖いよ……」

 スコーンが苦笑した。

「まあ、一時間二時間で回れるほど、この学校は狭くはないからね!!」

 あたしは笑った。

 その時、制服のポケットに入れておいた無線ががなった。

『ビスコッティです。お二人の学校案内が終わりました。今は屋上ですが、せっかくなので、このままここでお茶会を開こうと思っています。いつもの仲間も呼びましたが、キャストさんとキャシーさんの段取りがよくて驚きました。お暇でしたら、ぜひ』

「分かった。スコーン、いくよ!!」

 私は笑みを浮かべ、スコーンと同時に部屋を出た。

「うん、屋上か。ならついていくぞ」

 扉の脇に立っていたアリスが笑みを浮かべ、私とスコーンの三人は屋上に向かった。

「うわ、今日はまた冷えるねぇ」

 エレベータの扉が開くと、屋外のやや冷たい空気と少し強めの風が体にぶつかってきた。

「寒いね。早くお茶で温まろう!!」

 スコーンが笑みを浮かべた。

「そうだな。えっと、いつもの場所だろう。ついてこい」

 アリスが笑みを浮かべ、私たちはお茶会の会場に向かった。

 屋上をしばらく進むと、前にみた大型テントの黄色い布地が見え、外に置かれた野外コンロでトロキがなにやら調理をしている様子だった。

「おう、ちゃんとやってるか?」

 アリスがトロキに声をかけた。

「もちろん、ちゃんとやってるよ。今はパンケーキを焼いているところ」

 トロキが笑みを浮かべた。

「そうか、ならいい。よし、私たちはテントに入ろう。こう寒いと、吹きさらしはつらいだろう」

 アリスの笑みと共に、あたしとスコーンはテントに入った。


 テント内は風がない分暖かく、室温も高めになっていたので、かなり快適だった。

「あっ、これはスコーン様とリズ様。このような姿勢で失礼します」

 座って茶を飲んでいたキャストとキャシーが、首だけ傾けて挨拶してきた。

「スコーンはともかく、あたしにまで敬称はいらないよ。堅苦しいから!!」

 あたしは笑った。

「いえ、敬称なしでお呼びするという、失礼な事は出来ません。どうか、お許しを」

 キャストが小さく頭を下げた。

「分かった、だったら好きにして。ケツが痒くなるけどね!!」

 あたしは笑った。

「お城でしたら、その言葉はお仕置きですけれどね。ここは私たちも気楽でいいです」

 キャストが笑った。

「さて、お茶を頂きましょう。冷めてしまいます」

 ビスコッティが笑み浮かべ、湯で温めたカップに茶を注いでくれた。

「あっ、私たちのお役目……。大変失礼しました」

 キャストが苦笑した。

「そんなに固くならないで、気楽にいこう!!」

 あたしは笑った。

「はい、分かりました。それにしても、リズ様もある意味で不幸です。いきなり第二王女にされてしまったのですから。もっとも、名前だけということは全員理解しています。本物がどこかに雲隠れしてしまって、国王様も頭を悩ませているようです」

 キャストが笑った。

「……逃げたってガチだったんだ」

 あたしは苦笑した。

「そうだよ。冗談だと思っていたの?」

 スコーンが笑った。

「だって、逃げるってどうやって。そうそう簡単に城から出奔できないと思うけど……」

 衛兵は見張り役でもある。その程度は、あたしだって分かる事だ。

 その目をかいくぐって脱出するなど、なかなか活発なお方らしい。

「はい、衛兵が何人その餌食になったでしょうか。格闘技の才があるのです」

 キャストとキャシーが小さく笑った。

「やれやれなんだよ。私のお姉ちゃん暇なのが大嫌いだから、昔からよく城抜けしては、街で遊んでいたんだ。今回は、どこにいったのか、全く分からないんだけどね!!」

 スコーンが笑った。

「そっか、お転婆さんだこと!!」

 あたしは笑った。

「はい、私もお転婆とはいわれますが、さすがに勝ち目はないですね」

 キャシーが笑った。

「勝負しちゃダメだよ。迷惑だから!!」

 スコーンが笑った。


 夕闇迫る時刻となり、お茶会は解散となった。

 テントの撤収を手伝い、ちょうどよく晩メシの時間となった。

「今日はみんなで学食にいきましょう。夕食にちょうどいい時刻です」

 ビスコッティが笑み浮かべた。

「そうだね。みんな、いくよ!!」

 スコーンが笑みを浮かべた。

「お食事ですね。これは、把握しておかねばなりません」

 キャストとキャシーが、妙に気合いを入れて頷いた。

「それほど難しい料理はありません。ただ、量が多いのでびっくりしてしまうかもしれません」

 ビスコッティが笑った。

「分かりました。覚悟します」

 キャストが笑った。

 例によって食券発券機から食券を出し、カウンターに向かおうとすると、それをキャストがそっと取った。

「リズ様、私が受け取ってお持ちします。空席を押さえておいて下さい」

 キャストが笑みを浮かべ、キャシーと共にスコーンとビスコッティがの食券まで持って、カウンターに向かっていった。

「持てるかな……。今日は初等科定食とかいう、謎のメニューにしたんだけど」

 中等科定食があるなら、初等科もあるだろうと思って食券発券機のボタンを探したところ、やはりあったのでそれをチョイスしたのだ。

「私も初等科定食にしたよ。どんなものか楽しみ!!」

 スコーンが笑った。

「初等科定食ですか、懐かしいですね。今となっては、ちょっと物足りないです」

 ビスコッティが笑み浮かべた。

「そっか、ここにいると大食漢になりそうだよ」

 あたしは笑った。

 しばらく待っていると、キャストとキャシーが盛大に皿に盛った晩メシが乗った、トレーをワゴンに積んで持ってきてくれた。

「驚きました。凄い量ですね」

 キャストが笑った。

「はい、これが全て魔力で消えてしまうのです。リズもスコーンも徐々に胃が拡張されていきますよ」

 ビスコッティが笑み浮かべた。

「はぁ、それがいいんだか悪いんだか……」

 あたしは苦笑した。

「はい、まずは食べましょう。冷めてしまいます」

 キャシーが分厚いステーキを、ナイフとフォークで切り始めた。

「こら、キャシー。主より先に食べてはいけません。分かっているはずですが……」

 どこに隠し持っていたのか、キャストがキャシーの頭に毛虫を乗せた。

「ぎゃあああ、このお仕置きが一番嫌だぁ!!」

 キャシーがどうしていいか分からない様子で、ワタワタした。

「はい、キャシーこれは反省タイムで、しばらく食事を我慢です。皆さまは気になさらずお召し上がり下さい。この料理はもうごちゃ混ぜ天国なので、マナーもなにもないでしょう」

 キャストが笑った。


 膨大な量があった晩メシをなんとかやっつけ、私とスコーンは部屋に戻る事にした。

「少々お待ちください。お部屋の支度をしますので」

 食器の返却が終えたあと、キャストとキャシーが素早く学食を出ていった。

「部屋の支度ってなにやるんだろ……。しかし、胃もたれが凄い。購買に胃薬あるかな……」

 あたしが呟くと、ビスコッティがコホンと咳払いをした。

「リズは魔法薬師見習いです。欲しい薬があるなら作るものです。胃薬程度でしたら材料も簡単なので、常時何本か持っておくといいでしょう。今回は私が作ったものを飲んで下さい。味も重要な要素ですよ」

 ビスコッティが笑み浮かべ、黄色の薬液が入った薬瓶を差し出してくれたので、ありがたく頂戴して飲んだ。

「あれ……。気のせいか、もう効いてきたかな」

 あれほど酷かった腹部膨満感が、スッと引き始めた。

「はい、超即効性です。この程度なら、三日もあれば習得できるでしょう」

 ビスコッティが笑った。

「ンギッ……。こ、これからやるの?」

「いえ、今日は時間がないので、後日練習しましょう」

 ビスコッテが笑った。

「良かった、心の準備ができていなかったから」

 あたしは苦笑した。

「それにしても、部屋の準備ってなにをどうするんだろ。掃除とか?」

 あたしの呟きに、スコーンが苦笑した。

「まあ、大体予想できるけどね。あの二人、なにするにしても超速だって、みんなが目を丸くする仕事ぷりだから」

「……嫌な予感」

 あたしの背筋がゾクッとした。

「もう手遅れだよ。覚悟して戻ろう」

 スコーンが小さく笑った。


 その後、学食がパブタイムに入る時間にビスコッティと分かれ、あたしたちは寮の部屋へと向かった。

 ちなみに、このカリーナ魔法学校は全寮制だ。

 なにしろ、周囲がなにもない地帯になっているので通いはちょっと難しいし、変な人が入り込まないようにという、自衛手段でもあるのだ。

 まあ、それはともかく、私たちは自分の部屋に戻ってきた。

「さてと……」

 扉には鍵がかかっていなかったので、あたしはいつも通り開いて部屋の中に入った。

「……うわ」

 部屋の中はともあれば殺風景ともいえる、なんというか普通の部屋だったのだが、今や床にはくすんだ赤の絨毯がしかれ、調度品もそれに相応しいものに変わっていた。

 さすがに机とベッドは交換できなかったようだったが、新品同様に磨かれ、ベッドの布団だけは変えたようで、ふかふかで寝心地がよさそうだった。

「お帰りなさいませ。とりあえず、可能な範囲で手入れさせて頂きました。いかがでしょうか?」

 出迎えてくれたキャストとキャシーが頭を下げた。

「いかがもなにも、これどっかのホテルの高い部屋だよ!!」

 あたしは笑った。

「まあ、この程度ならいいか。キャストとキャシー、お疲れさま」

 スコーンが苦笑交じりに笑った。

「ありがとうございます。では、私たちは隣室に戻ります。呼びだしブザーをつけましたので、なにかご用があればお呼びください」

 キャストが出入り口付近の壁にある、赤いボタンを押した。

「無線式なので配線不要で便利です。ここの購買は本当になんでも揃いますね」

 キャストが感心したようで、小さく笑った。

「そっか、相変わらず気が利くね!!」

 スコーンが笑みを浮かべた。

「この程度は……。では、私たちは失礼します」

 二人が部屋から出ていくと、私は笑った。

「どうするんだろ、これ。部屋が完全にVIP仕様になっちゃったんだけど、怒られないかな……」

 あたしは笑った。

「ちゃんと、許可を取ってやってると思うよ。そこは抜かりないから」

 スコーンが小さな笑みを浮かべた。

「そっか。さてと、胃もたれは治ったけど、今はあまり出歩きたくないな。寝心地確認を兼ねて、軽く寝ておくかな」

 あたしはさっそくベッドにいくと、ふかふか布団に身を包めた。

「これいいね。ごめん、マジで眠い。ちょっと寝るからあとでね」

 あたしはスコーンに謝った。

「うん、私も寝る。お腹が重くて」

 スコーンが笑った。

「そうだね、いちいち大盛りで困ったもんだ。まあ、いいけどね」

 あたしは苦笑した。

「それじゃ、おやすみ!!」

 そこは手抜かりなく、分厚い高級そうな素材で作られたものに変わっていたが、敷居のカーテンは開けたままで、スコーンが自分のベッドに潜った。

「さて、寝よう。ふかふか過ぎてなんだか落ち着かないけど、これは慣れの問題だね」

 あたしは苦笑して、そっと目を閉じたのだった。

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