第42話 幸せの選択-Side灯屋-8

 


 あれから特に大きな依頼も無く、警備員としての仕事をして時間を潰した。


 夜になり、会長からの使いが迎えに来た。

 そのまま何事も無く幽雅グループ本社ビルへ到着して最上階へ案内される。

 会長とは業務上のやり取りはそこそこしているが、直接会うのは何年振りだろうか。

 少し緊張して会長の待つ部屋の扉を叩けば中から『入れ』とよく響く声が聞こえた。



「失礼します」

「さあさあ、堅苦しいのはいいから、立ってないで掛けなさい。夕食がまだだろう、ピザ食おうピザ。チキンもポテトもあるぞ」

「あ、はい……いただきます」



 出迎えてくれた会長は、明らかにはしゃいでいるように見える。

 無邪気な所は孫の幽雅さんそっくりだと思う。

 着席した大きなソファの前にあるローテーブルにパーティーかと思うくらいジャンキーな食べ物と飲み物が並べられていた。

 会長は七十歳くらいだと聞いているが、喋りも動きもキビキビしていて若々しい。年相応に髪は白いし短く切り揃えているが、顔のつくりは幽雅さんとよく似ていて男前だ。

 あまり見つめ過ぎないように俺は頭を下げた。



「突然だったのに時間をつくってくださりありがとうございます」

「灯屋君が仕事以外の話をしたいなんてなぁ。じじいも張り切ってしまうわ」



 勧められるままにピザを口に含んだが、想像していたデリバリーの味とは違って驚いた。

 デリバリーピザも当然美味しいのだが、これはなんというか本場を感じる職人の味だった。

 


「ッ美味い……」

「そうだろうそうだろう。慌ててピザを焼ける料理人を用意した甲斐があった」



 頑張りどころがおかしいのは祖父も孫も同じようだ。

 生地とトマトソースとチーズのみのシンプルな味がこんなにも奥深いとは。全然飽きがこずに食べ切ってしまった。

 俺の完食を嬉しそうに眺めている会長にどう本題を切り出そうかと考えていると、会長はニヤリと笑った。



「最近調子が良いようだな。灯屋君の頑張りは上にも届いている」

「恐縮です。正継さんが上司になってくれたお陰です」

「君に元から力があったからこその成果だろう。正継の能力と相性が良いだろうとはわかっていたし、謙遜する必要は無い無い。あいつも毎日充実しているようで私も安心だよ」



 そう言われると俺は自然と笑みが零れた。

 ちゃんと会長へ良い印象ができていたようで良かった。これからの話もしやすくなる。

 会長は楽しそうに成績の変化を語っていたが、ハッと口を閉じて苦笑した。



「おっと、灯屋君は仕事以外の話をしに来たというに、つい業務の話をしてしまったな」

「いえ、構いませんよ」

「そうもいくまい。うーむ、そうだなぁ……予想するに……結婚か?」

「ン゛ッ……いえ、まだです」



 会長は勘が鋭い。遠からずの内容だから反応に困ってしまう。

 ゆくゆくは幽雅さんとの結婚を許してもらわなければならない。

 今はそのもっと前の段階なのだ。

 会長は俺の反応を見て興味深そうに何度か自らの顎を撫でた。



「まだ、か。可能性は既にあるという事だな」

「そうですね、俺はずっと結婚したいって言ってるんですけど相手に事情があって頷いてもらえなくて……」

「ほうほう、もうそういう相手がいるのはちと残念だな……もっと早く孫娘でも紹介しとくんだった」



 シュンと眉を下げた会長は、もしかして俺と幽雅さんの事を知らないのか?

 それとも知っている上でこの対応なのだろうか。

 孫娘を紹介しても良いと思ってもらえているのであれば、幽雅さんとの結婚も問題無いのでは?

 様々な思いが駆け巡ったが、とりあえず俺が話したい内容と関係ある話題になったのは助かった。そのまま続けさせてもらおう。



「結婚のご相談はまた今度すると思います。今は一つ提案があって来ました」

「提案?」

「はい、俺を会長の孫にする気はありませんか」



 俺がそう言うと、会長はあんぐりと口を開いた。



「もしかして、結婚したい相手は孫の中にいるのか……?」

「あっ、いや、えっと、それとは関係ない……いや、関係あるんですけど、待ってください、とりあえず結婚は置いておきましょう」



 ややこしくなりそうなので、仕切り直しさせて貰う。

 俺が今話したいのは幽雅さんの呪いへの対処なのだ。



「えっと、正継さんの呪いの事で……とにかく一から説明します。ここひと月ほどで、俺はある噂を二つ流してきました」

「噂? あのバイトでかね」

「はい。まず一つは“何でも治せる能力を持っている存在”です。俺の事ですね。しかし、当然ですが何でも治せる訳ではありません。それは直接俺に会いに来た人達がより正確な口コミを広めてくれます。俺はあくまで消す力だけなので。何でも治るよりも、ある程度制限があった方が信憑性は増しますから噂は一気に拡散しました」

「ふむ、それで?」



 会長は膝の上で手を組みながら真剣に耳を傾ける。

 俺はオレンジジュースを飲みながら続けた。



「もう一つは幽雅正継ではなく、灯屋善助が“本当の贄の神子”なのではないかという噂です」

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