第43話 幸せの選択-Side灯屋-9



「……ほう。何故そんな噂を?」

「俺の方がからです」



 幽雅さんは初めて呪いが発現した時以外、誰かの身代わりになった事実が無い。

 会長が幽雅さんを隠し、成長して外で行動するようになっても過保護過ぎるくらい身辺の守りを固めていた。幽雅さんも常に周囲を警戒している。

 一度だけ俺と佐久良さんの前で呪いを見せたが、それを見た者は他にいない。

 つまり幽雅さんの呪いは、十数年前に公園で呪いを目撃した少数の家族の間で噂として広まっただけのあやふやな情報に過ぎないのだ。


 しかし、俺は全く呪いとは関係無いが、家庭内暴力によってかなりの頻度で怪我をしていた。

 しかも家庭内暴力が無くなるタイミングで幽特と俺が関わるようになっている。


 大人になっても部下は怪我をしていないのに、俺だけ怪我をしている事実は病院に証拠が沢山残っている。

 俺が幽特のため、部下のために呪いを使っているようにしか見えないのだ。


 更に昔から幽雅さんは俺を気に掛けて監視していた事実がある。

 そこだけを見ると『贄の神子が逃げないように監視している』というストーリーの方がしっくりきてしまう。

 幽雅さんの『悪鬼を全て感じられる』という能力だけでも貴重なのだ。

 だから幽雅さんを屋敷で厳重に守っていても不思議ではないし、身代わりを用意して安全を確保したいと考えるのも自然だろう。


 人間はそれらしい情報を勝手に繋げて納得のいく物語を信じやすい。俺はそれを利用したのだ。

 俺が説明すると、会長は深く頷いた。



「なるほどな……呪いよりも有益な能力をもって、呪いの価値を薄める……か。つまり、正継への注目が今は全て灯屋君に向いていると」

「はい。その駄目押しとして、会長から『俺が幽雅の血族である』という嘘の情報をそれとなく流して欲しいんです。そうすると俺が贄の神子だという噂の信憑性が増します。まだ俺を疑う者もいるでしょうけど、それで全てが俺を標的にするはずです」



 俺の事を孫にしろと言った理由には納得したようだが、会長は渋い顔をした。



「……むぅ。それはあまりにも灯屋君が危険ではないかね」



 眉間に皺を寄せて会長は腕を組み、鋭い視線で俺を見た。

 心配してくれるのは嬉しいが、そこも問題は無い。



「贄の神子の呪いは独り占めが基本ですが、俺の能力はそうする必要が無いんですよ。そこが肝です」



 俺はひと月のあいだ慈善活動をして来た。

 そうしたのは、俺という便利な存在を周知させる必要があったからだ。



「誰かが抜け駆けして俺を独占しようとしても、誰かがそれを邪魔するという、相互監視の状況になっているはずです」



 それはじわじわと増える俺への献金の額でわかっている。

 他者からの金額まで調べ上げているのであれば、既に裏では情報戦が繰り広げられているだろう。


 佐藤も言っていた。

 『怪我の予防』よりも便利だと。

 身代わりなんて言われると重く感じるが、言い換えればそれだけなのだ。


 俺の幽特での仕事ぶりを調べれば、能力がただの治療ではないとすぐにわかる。

 建造物すらも容易く破壊するのだ。機嫌を損ねれば自らが存在ごと消されかねないと気付くだろう。


 そして何より俺に嫌われては元も子もないのだ。

 俺の周りに手を出したり、拉致監禁といった強引な手段は悪手でしかない。

 誰でも無料で受けられるはずの治療を捨ててまで俺を独占するのはリスキー過ぎる。


 きっと裏で俺を共有するためのルールが作られる。

 そうなれば、俺が世界で一番安全な立ち位置にいる人間になるだろう。

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