第41話 幸せの選択-Side灯屋-7
会長に電話するとすぐに出てくれ、嬉しそうに声を弾ませていた。
お話したい事があると伝えれば、今夜すぐに会ってくれる事になった。多忙なはずなのにそのスピード感に驚いてしまう。
今日は現場に一日いるつもりだったので午後になんの予定もない。
夜まで暇なので、退勤してその足で病院へ向かってアルバイトする事にした。
病院の受付に顔を出すと、俺を見た事務の人がすぐに書類ケースを持って来て渡してくれる。
礼をしてその場で軽く目を通すと、二件ほど俺に診て欲しい案件があると記されていた。
「灯屋さん今日早いですね。それさっき受け取ったばかりだから、もしかしたらまだその方たち帰ってないかも」
「本当ですか。まだ残っているようでしたらすぐに対応しますけど」
「確認しますね」
すぐにどこかと電話でやり取りをした事務の人が、俺に別棟へ移動するように指示した。
別棟は人間の仕業とは思えない惨殺死体を調べたり安置したりする。幽特関係者がよく行く場所だ。
バイトと称して俺が能力を試す処置部屋としても使用させて貰っている。
処置部屋に到着すると、胡散臭い笑顔を張り付けている若い男と、そのボディーガードといった風体のゴツい黒服が4人いた。
そして、何故か部屋の中央に気弱そうな中年男性がガタガタと震えながら正座させられているという状況だった。
「えーと、依頼主は……」
「僕です僕。んー、佐藤とでも呼んでください。まあ、僕が診てもらいたい訳ではないんですけどね」
堂々と偽名であろう佐藤と名乗った男は、首や手の甲にタトゥーが見えて金に染めた髪が派手だ。
狐顔でニコニコとしているが目は全く笑っていない。若くともそれなりの地位がありそうな余裕を感じる。
「では、こちらの方ですか?」
俺が震えている男に視線をやれば、佐藤は頷いた。
「責任は全部こちらで持つんで、とりあえずこいつを助けてみてくださいよ。無理でもなんの問題もありません。このオッサン多重債務者で、どうやって殺すかって段階の救いようのないクズなんでね」
佐藤がそう言った途端、周りに控えていた黒服二人が中年男性をガッシリと掴んで動きを封じる。
そして一人が顔を固定し、もう一人が男性の鼻をつまんで口に小さな瓶を突っ込んで何かを飲ませた。
佐藤はすぐに俺にその液体が何かを教えた。
「今飲ませたのは農薬です。灯屋さんって、こういうのもどうにかできるんですか?」
もがき苦しみ始める男性を黒服は微動だにせずに固定している。
暴れまわらないのは正直助かる。
俺は男性に近付き、口から喉、胸、腹にゆっくりと手を当て、スキャンするみたいに異物を感知しては消していく。
アルコールで試した事があったから、液体も問題なく消せるのはわかっている。俺は焦る事なくすぐに治療を終えた。
男性は楽になった事に驚いたのか何度も俺を見て目を白黒させている。
「え、え……ぁ……?」
「苦しくないですか?」
「……あ、ああ! 苦しくない、なんともないよ!」
ホッとしたのか男性は目から大量の涙を零し、グスグスと泣き始めてしまう。
佐藤はその様子を見てパチパチと手を叩いた。
「いやぁ。お見事です。ではこのままもう一件の依頼です」
「ヒッ!?」
男性はまた同じような苦痛が与えられるのかと、体を大きく跳ねさせて怯えた。
こういう生かさず殺さずの拷問なのかと俺が思っていると、佐藤は静かに微笑んだ。
「この男はですね、数年前までは絵に描いたような真面目で優しいお父さんだったんですよ。しかし、いつしか人が変わったかのように母子に乱暴になり、仕事もろくに行かず、ギャンブルや無駄な買い物に金をつぎ込むようになりました。何故でしょう?」
悪鬼案件なのかと考えたが、それならば俺に直接依頼するよりも幽特に依頼する方が的確に対処できる。
そもそもこいつらが悪鬼の存在を知っているのかもわからない。
病院に来ているのだから、素直に俺は答えを出した。
「脳の異常、ですか」
「正解です。脳の腫瘍による圧迫で性格に影響が出ているようです。本人が頑なに病院を拒んでいたので、僕達の管理になるまで診断も出す事ができませんでしたから、かなり進行していて手術の成功率は高くありません」
「それで俺に」
「先ほども言いましたが、失敗してこいつが死のうとも灯屋さんになんの責任もありません。どうせダメ元なので、治療を試すだけ試してもらえませんか」
治療理由などは俺に関係無い。どんな人でも動物でも対応する。
俺は再び男性に近付いて頭に手を当てた。
医者じゃないから病巣の難しい事はわからない。だから俺はただ願う。佐藤の言う事が事実なら、元の優しいお父さんに戻って欲しい。その諸悪の根源を消し去りたいと目を閉じて祈る。
俺が手を離すと、男性は目を閉じてぐったりしていた。黒服達が支えていなければ倒れていただろう。
「あれ? 死んじゃった?」
佐藤が男性の顔を覗き込むが、スゥスゥと安定した呼吸音を確認できたらしい。驚いたように俺を見た。
「生きてた。これ、成功したの?」
「恐らく。でも今すぐに検査してもらってください。病巣と癒着していたりする部分がどうなっているかまでは責任が取れないので」
俺の言葉で黒服達が看護師さんを呼びに行き、男性はすぐにストレッチャーで運ばれていった。
佐藤はまじまじと俺を眺めてからニタリと口の端を持ち上げる。
「灯屋さんのお力、噂以上だ。怪我の予防より遥かに素晴らしい」
「あはは。噂なんてあてになりませんよ。間違って伝わったり、嘘が独り歩きしたりしますから」
「そうですねぇ。噂の真偽は直接しっかりと確かめる必要がありますよねぇ。こんな世界にいたら尚更です」
そう言いながら佐藤は話を切り上げるため、ボストンバッグを俺の足元に置いた。
ずっしりと重さを感じるそれの中身は見なくてもわかる。
「あ、佐藤さん。お代は結構ですよ。そこはちゃんと噂通りかと」
「いやはは、お代ではなく、まあ、気持ちってやつです。いらなきゃそれも消してくださいな。では、ありがとうございました。またお願いしますね~」
佐藤が部屋を出ると、残った黒服達も俺に向かって綺麗な礼をしてから退室していった。
金に困っていないから本気でいらないのだが、基本的にどんな相手も無視して金を置いていく。
仕方なく鞄の中を確認すると、予想通り札束だ。
依頼主から渡される金額はどんどん上がっている。最初は一件数万円だったのがそろそろ五千万にも届きそうだ。
競りのように依頼主達が金額で俺にアピールしているのがわかる。
「準備は十分かな」
幽雅さんの能力は保持したまま、幽雅さんの平穏な生活を手に入れる。
そのための行動も、俺は着実に進めていた。
悪の親玉達を全て壊滅させるよりもっと簡単な方法を、ヤマのお陰で考え付くことができたから。
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