第38話 幸せの選択-Side灯屋-4



 あまりに自然と渡してくるから訳もわからず鍵を受け取ってしまった。



「えっ!? あ、ありがとうございます……」

「車の中を見てみると良い。枕も毛布もあるからな。ホットアイマスクもアロマ加湿器もあるぞ!」



 幽雅さんは元気に後部座席の扉を開き、俺を押し込んでから幽雅さんも中に入った。

 後ろの座席を倒して平になっている全面に薄目のマットレスが敷き詰められており、ただゴロゴロするだけでも気持ち良さそうだ。本当に仮眠専用になっている。


 快眠アイテムを座席下から取り出して楽しそうに紹介する幽雅さんが可愛くてムラムラしてしまう。

 この人は無防備過ぎないか。俺が普段どれだけ我慢しているかも知らないで。

 窓のカーテンが閉められているのを確認してから俺は幽雅さんにそっと抱きついた。



「……なんだ、灯屋君用に抱き枕も用意するか?」

「幽雅さんしかいらないです」



 俺はそう言って幽雅さんの唇を奪った。嫌がられるかと思ったが、幽雅さんは抵抗なく受け入れてくれる。

 少し体重を掛けてみてもすんなり幽雅さんは後ろに倒れて、組み敷く形になってしまう。

 舌を絡めながら幽雅さんの手に手を重ねれば、恋人繋ぎをしてくれて掌から互いの熱を深く感じた。



「ふ…………ぁ…………ん……ッ……」



 息継ぎの合間に漏れ出る声が色っぽい。こんな幽雅さんを知っているのは俺だけなのだろう。

 そう思うだけで優越感が広がって更に興奮が高まっていく。

 狭い密室は駄目だ。簡単に理性が飛んでしまいそうになる。

 密着した下半身はもう隠しようもなく互いに硬くなって存在を主張していた。 


 理性を総動員して唇を離して幽雅さんを見下ろせば、ジッと俺の顔を見つめている。

 それから何を思ったのか、突然俺のネクタイを解いてシャツのボタンを外し始めた。



「え……ッえ!?」



 驚くほど器用に素早く行動され、脱がされているという認識ができない間に胸元を開かれてしまう。

 俺の腹部や腕に幽雅さんのしなやかな手が滑り、せっかく動員した理性が全速力で逃げ出してしまいそうだ。

 これは何だ!? お誘いなのか!?

 混乱に固まっていると、幽雅さんは真面目な顔つきで言った。



「ふむ。怪我をしている訳では無いんだな」

「な、なな……なんですか急に!?」

「ここ最近、君が病院に入っていくと報告を受けていたから……」



 心配そうに言われてようやく俺は合点がいった。

 ヤマからヒントを得てすぐに俺は自分で出来る範囲の特訓をした。

 しばらくすれば、体内に余計な損傷を与える事が無いと自信が持てたので次の行動に移った。


 俺はいつもお世話になっていた幽特と契約している病院に、会長を通じて協力を仰いだ。

 仕事帰りに警備のアルバイトという立場で病院に入り、いわゆる“普通の病院にお世話になりたくない訳アリ”なお偉いさんやアウトローな人達を紹介して貰っていた。

 体内に残った弾丸や砕けた骨の欠片を取り除く事が俺の主な仕事だ。言い方は悪いが練習台として適しているし、万が一何かあっても文句の言えない存在だ。


 それにどこかしらで幽雅さんの呪いを狙っている組織と繋がれる可能性がある。俺にとっては一石二鳥の行動だった。

 あとは亡霊が視えてしまう事を嫌がっている看護師さんで『視える力』を消せるか試させて貰ったりもしている。

 病院がここ最近の俺の訓練場なのだ。


 てっきり幽雅さんも知っているかと思ったが、そういえば幽雅さんは俺の動きに付随する周囲を観察しているだけだと言っていた。

 本当に何でもかんでも調べている訳じゃないんだと理解する。



「ちょっとしたバイトですよ。会長の許可もありますから、気になるなら確認してみてください」

「いや、灯屋君が無事ならいいんだ。急に脱がせてしまって悪かったな」



 幽雅さんは単純に俺の身を案じてくれていただけなのだとわかって嬉しい。胸の奥がギュッとなる。

 しかし、喜んでばかりもいられない。

 幽雅さんが来て改心するまでは、怪我を隠して大丈夫だと言い張っていた。

 そのせいで言葉での確認ではなく強硬手段を取らせてしまったのだ。

 幽雅さんは何も悪くないのに謝らせてしまった罪悪感が俺を襲った。



「それは俺が悪いですよ。俺に直接聞いても誤魔化すと思いますよね」



 俺のこれまでの行動が招いた結果なのだから、これから信頼を取り戻していくしかない。

 それはそれとして、幽雅さんには別の心配をして欲しい所だ。



「俺に信用が無いのは自業自得ですけど、この流れで脱がされると襲っちゃいそうなので、今後はタイミングを気を付けた方がいいかもしれません」

「……さすがに君が無体を働くとは思っていない」

「今まさに押し倒されているのに危機感無いんですか?」



 そう言って俺が幽雅さんの頬から首にかけて撫でると、面白いくらいに顔を赤くした。



「いっ、一応確認だが、君は私を抱きたいのだな!?」

「え!? まぁ、はい……どっちでも大丈夫ですけど、抱いても良いなら……抱きたいですね」



 突然そんな直接的な事を聞かれると思わず、俺も顔が熱くなった。

 幽雅さんも照れたように視線を逸らして頷いた。



「わかった……」

「で、でも仮のうちは絶対に何もしませんから!」

「ふっ……それならば危機感を持つ必要無いだろう」

「それはそうですけど、あんまり俺の理性を信用されても困ります」



 俺はそう言って体を起こしてシャツのボタンを留めて乱れを整える。

 ちょうどそのタイミングで幽雅さんのスマホにデリバリーが到着したブザーが鳴った。

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