第33話 相棒の資格-side幽雅-8
あれから一週間が経過した。
今日は現場仕事が無いので時間が比較的緩やかに過ぎていく。
私は灯屋君の事をお爺様に報告するか迷っていた。
交際の話ではない。
謎の友人についてだ。
灯屋君は言っていた通り、仕事帰りにどこかに寄る事が増えた。
当人いわく友人と会っているらしいが、報告では常に一人での行動だという。
私はストーカーだと言われたが、実際自分で灯屋君を見に行ったことは無い。
全て従者に任せて報告させていただけだ。
従者に悪鬼が見える者はいないから、もしも灯屋君の友人が悪鬼だとしたら見えないのは当然といえる。
しかも、灯屋君がなんの違和感もなく接しているという事は人の形をして紛れ込む特殊悪鬼だろう。
そういえば灯屋君が死にかけた時に悪鬼に憑りつかれているかもしれないとお爺様が言っていた。
しかし、私が灯屋君の近くにいても悪鬼の気配を感じない。
明らかに存在はあるはずなのに、気配が無いのは一番不思議だった。
特殊悪鬼は、上鬼の更に上に位置するという意味では無い。
特殊と判断された悪鬼が『悪鬼』と呼べるか微妙な所があるからだ。
私のお婆様を例に出すならば、初期は呪いの集合体のような凶悪な悪鬼だったが今はほとんど害が無い。
私にとっても“少しオーラの違うただの人間の女性”でしかなかった。
悪鬼ながらも人間だった頃の肉体があるので人間として子を産めるし、私達子孫が悪鬼の子供だという感覚は無い。
私のお婆様という悪鬼はもう三百年くらい問題を起こしておらず、悪鬼の特徴である『人に害をなす』という部分に該当しなくなっている。
しかし、無害なのは幽雅の男が心から愛し、大切にしているからこそであり、それが反故されてしまえばまた牙を剥くだろう。そうなってしまえば天災レベルの脅威になるのは間違いない。
身代わりの呪いも彼女達が幽雅に生まれだ男児に望んだ罰だが、呪いを得た私に対してお婆様は申し訳なさそうにしていた。
本来罰を受ける者はもうおらず、ただその家に生まれたというだけで辛い思いをする者が出るのは彼女達の本意では無いのだろう。
悪鬼となった女達の恨み憎しみが浄化され、過去が許されつつあるのではないかと思う。
人としての理性が優勢ならば、それはもう悪鬼とは言えないのではないか。
判断ができない、不可解なものを人は昔から神と崇め畏れてきたのだ。
灯屋君の友人が悪鬼だとして、私はどう動くべきなのだろう。
害が出ていないのだから放置するのか。
直接、灯屋君にそいつは悪鬼かもしれないと説明するのか。
それとも私が本物のストーカーとなって直接その存在を確認しに行くのか。
私の気持ちは放置に固まりつつあった。
彼の身を案じるのであれば放置などするべきでは無いだろう。
だが、彼が信頼している相手を疑ったり否定するような事はしたくない。
……それだけ聞けば相手を尊重しているように聞こえるが、実際はその行動で灯屋君に嫌われたくないと思っているだけだ。
灯屋君に告白される前ならば、いくら嫌われても構わないと思っていただろう。
それが彼の安全のためになるのであればと、親友から引き離す事も強行できていた。
なのに今はそれが怖い。
知らなければなんともなかったのに、もう私は彼からの愛を知ってしまった。
あまりにも心地良くて『彼のため』より『自分のため』に基準が変わってしまっている。
本来なら仮でも恋人になるなんて判断は絶対にしない。
仮の関係でも、態度に変化が出てしまえば彼は狙われる。
私達の中で仮と言っているだけで、外野にその違いなんてわかるはずがないのだから。
結局、灯屋君が危険に晒される可能性を私が増やしている。
私は幽特に長居するつもりはなかった。
自分の身の大切さを理解して貰えれば、灯屋君の意識さえ変われば、優秀な彼は私がいなくても安全に動く方法を模索するだろう。
本当に彼の安全を考えるのであれば、怪我をしない方が効率的で怪我をしても誰も喜ばないと灯屋君が理解した時点で私は離れるべきだった。
灯屋君に呪いなんてもう必要無いのは私だってわかっていたのに。
どうしても相棒のままでいたかった。
側にいる理由を奪われたくなかった。
恋とは誰もが激しく燃え上がるものだと思っていたが、もしかしたら違うのかもしれない。
じわりじわりと蝕んでいくものもあるのだとしたら。
もっと言えば、一人一人の恋の形が違う可能性すらある。
私には感情だけではどうにもならない壁は存在しているが、少しずつ恋愛への理解は深まっている気がする。
それだけでも随分と成長したと思う。
「幽雅さん?」
「……なんだね」
私はキーボードを打つ手をしっかり動かしながらずっと考え事をしていた。
そのせいで灯屋君の呼びかけになかなか気付く事ができなかったらしい。
私を覗き込む灯屋君の顔が想像より近くて、内心激しく驚いてしまうが平静を装った。
灯屋君は私のPC画面を指差して小声で言った。
「いや、打ち込まなくて良い部分まで打ち込んでいたので」
「む、本当だな」
見ると、自ら簡略化した項目を忘れて無駄な情報ばかり追加していた。
ドンとボスが扱う情報に差がほとんど無い。私と灯屋君はデータベースを共有しているので、編集中の私の作業を見て教えに来てくれたらしい。
「余剰以外に内容のミスはあったかな」
「無いですよ」
「確認ありがとう。助かった」
「いえいえ。珍しく考え事ですか?」
余計な部分を削除して再確認しながら私は正直に答えた。
「ああ。ずっと君の事を考えていたよ」
「へっ!?」
ニヤリと灯屋君を見れば、甲高く裏返った声が聞こえる。
それだけじゃなく、フロア全体からも男女入り混じったヒャアとかキャアという声があがった。
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