第34話 相棒の資格-side幽雅-9

 


 灯屋君は想定していなかったであろう私の言葉に動揺している。

 たった一言で慌てる姿がなんとも可愛いではないか。

 私は気分を良くして追撃した。



「君が、私に『自分の事だけを考えて欲しい』と言っただろう?」

「ちっ、近い事は言いましたけどッ……なんか違いませんか!?」



 周りからは『言ったんだぁ』『情熱的~』などと小さく聞こえてくる。

 灯屋君はその声に対して否定も肯定もできずに困った顔をしているのも愛らしい。


 最初に会った灯屋君は何を言っても不機嫌そうにしていたのに、今ではこんなにも表情豊かだ。彼の色んな一面を見る度に私は喜びを感じている。

 仕事中にできる軽口はこんなものだろう。

 私は表情を切り替えて上司の顔をした。



「そうそう、本社から君を褒める声が出ていた」

「えっ、本当ですか」

「幽特、80%の医療費削減に成功おめでとう、と」

「それ嫌味でしょ!?」



 灯屋君の全力のツッコミにフロアが笑いに包まれた。

 医療費のほとんどが灯屋君由来なのは周知の事実だから仕方ない。



「まあそれは嫌味だとして」

「認めた」

「私達が相棒になってからの成績は過去のお爺様を超える」

「一人でそれだけやってた会長がどれだけ凄いのかわかりますね」



 それはそうだが、灯屋君は相変わらず人を褒めて自分に目を向けないな。

 これからは自己肯定感を高めて欲しいものだ。



「そのお爺様が褒めてくれているのだ。私達が早く数多くの調査をこなす事で他の現場組も安全かつスピーディーに仕事ができ、幽特全体を見ても解決数がたった三ヵ月で四倍だ。幽特全員、ボーナスを期待するようにと言っていた」



 私の言葉でフロアからワッと拍手が起きた。

 灯屋君も嬉しそうに笑っている。



「現場に余裕が出た事で人材を探す方向にも力を入れられるようになった。来年には更に幽特が活発になるだろう。一人で頑張り過ぎず、皆で協力し合ってこれからも励むように」

「また嫌味ですよ」



 灯屋君は唇をへの字にした。

 もう彼は頑張り過ぎて一人で背負い込み、誰に心配されても無視を決め込んでいた時とは違う。



「ふははははは! これを嫌味だと受け取れるようになったのだから安心だ」

「はいはい、反省してますよぉ」



 子供のように言う灯屋君の様子に皆も笑い、私も笑った。

 灯屋君もなんだかんだでこの明るい空気に満足気にしていた。

 こうして灯屋君が変わったのだから、私も変わらなければいけないと思う。


 彼が傷付いて欲しくない、という私の我儘を押し付けては駄目なのだ。

 本当は私もわかっている。

 呪いでは心を守る事ができないのだから意味は無いと。

 私が傷付けば、灯屋君の体は守れても心が傷付くのだ。善良な者には外傷よりもよっぽど苦痛だろう。


 自分の怪我に責任を持てるようになった灯屋君を解放してやらなければならない。

 私が、呪いという繋がりを断てるかどうかだけだ。


 私と灯屋君は常に呪いで繋がっている。

 現場出動前に灯屋君に触れて呪いをオンにし、口付けでオフにしているだけだ。

 それを完全に解除するには解呪用の儀式が必要になる。


 儀式の内容は術者の私が決めることになるのだが、本心からの愛の告白にしても良いのかもしれない。

 その本心がどういう判定になるのかわからないから危険な気もするが。

 本心と認められなかったら普通に私は死ぬな。

 もう少しちゃんと考えた方が良いと思い直した。


 それでも少しずつだが、私の灯屋君への感情が何なのかわかってきたつもりだ。

 今すぐにではないにせよ、仮恋人という立場は本物の恋人になるだろう。

 そうしたいと告げた時の灯屋君を想像するだけで楽しくて仕方がない。


 愛によって呪いが完全に解けるなんて物語の王道ではないか。

 うんうん。ロマンチックだ。



「どうしたんですか、ニヤニヤして」

「いや。これは仕事には関係無いことだ。もう席に戻って良いぞ」



 この時、私は浮かれていたと思う。

 灯屋君の誕生日の時のように、どんな場所でどう告白するかの計画で頭がいっぱいだった。

 ちょうど彼も忙しいらしいので準備の時間はたっぷりある。

 そう考えていた。



 彼を守る手段は呪いだけではない。

 現場にいる全ての悪鬼の存在を報せる事も相棒としての大きな役目だ。

 強過ぎる能力を安全に活かすには私の力が必要で、相棒に相応しいのは私だと結果も示している。


 灯屋君を輝かせる事ができるのは私だけで、これからも彼の支えになれると確信していた。

 対等な立場で支え合う関係は相棒でも、恋人でも変わらない。

 二つは両立できるものだ。



 私はそれを信じていた。



 ────対等でありたいと思っていたのは私だけだったと、最悪の形で灯屋君に突き付けられるとも知らずに。


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