第32話 相棒の資格-side幽雅-7
互いに顔を見合わせ、灯屋君からは欲情が籠った視線を感じるがそれは私も同じだろう。
キス以上の事を自然と受け入れてしまいそうになる自分に焦った。
これが“しても良い”と“したい”では全く意味が異なってしまう。
今の私は後者ではなかった自信が無い。
この空気を誤魔化すように私は無意味に明るく叫んでいた。
「フッ、ふははは、破廉恥行為は社内では禁止だ! 社会人としてよろしくないと私は思うがどうだね!?」
「……はい、そっ、そうですね、その通りだと思います! あはは、お互い反省しないとですね」
灯屋君は私の話に乗ってくれ、そのまま席に戻ってお茶を飲んだ。
私も妙に喉が渇いていたので何度も流し込む。
なに当たり前の事を私達は言っているのだろう。
いくら始業前といえど社内でこんな事をしては駄目だ。
そんな事すらもわざわざ口に出して再確認しなければならない程、私達は冷静ではなかった。
そう、冷静ではないのだ。
暗にさっきの私の言葉は、社内以外ならしても良いと言っているようなものだが、それに気付かないフリをしてしまうのも混乱しているからなのだ。
しばらく私達は無言で菓子と茶を交互に口に運んでいたが、灯屋君が小さく笑って切り出した。
「正直、仮交際でも現状とても助かりました。俺、忙しくてしばらくは幽雅さんを夕飯に誘ったりできなくなるんで」
「そうなのか」
「付き合ってもないのに『誘えなくなる』ってわざわざ言うのも変だし困ってたんですよね。やっと言えました」
前までは『今日ご飯どうですか?』だったが、最近は『いつ頃だと都合良いですか?』という誘い文句に変わった。頻度は下がりつつも灯屋君は変わらず誘ってくれていた。
私も前向きに予定を立てようとしているのだが、互いに仕事が忙しくて都合がつかずに灯屋君の誕生日から食事の実現はしていない。
確かに、そんな状態で突然誘いが無くなると驚いてしまうだろうから私も助かる。
灯屋君は普段の雰囲気に戻そうしているのか、軽い嫌味を口にした。
「まあ、俺の事をまだ監視させているなら、言わなくても問題無いかもしれませんけど」
「ふふん、さすがに四六時中という訳ではないから全ては把握していないぞ」
「監視自体は否定しないんですね……」
唇の端をヒクリとさせた灯屋君だが、私は平然と答えた。
「ああ。君というよりも、君に対して害意を持って動くものが近くにあるかどうかだけを見ているからな。プライベートを無理矢理暴こうという目的は無い」
本当の本当に悪用する気は無いのだが、その上で自然と知ってしまう内容は仕方がないものとする。
しかし、監視をわかっていても私を好きだという灯屋君が心配になってきたぞ。私が言うのはおかしいが男の趣味が悪いのではないか。
自分の事を棚に上げて内心でハラハラしていると、灯屋君は小さく息を吐いた。
「じゃあ先に言っておきますけど、仕事の後に友人と会うだけなんで安全ですよ」
「友人?」
「はい、友人っていうか親友ですね。さすがに子供の頃からよく会ってますし幽雅さんも知ってると思いますけど」
「……そうだな」
咄嗟に話を合わせたが、私には全く覚えが無かった。
急に湧いた違和感に背中がゾワリとする。
子供の頃、灯屋君は一人で空き地で遊んでいたり、修行ごっこのようなものをしていると報告を受けた。
家庭環境が複雑だと同級生の対応がよそよそしくなるのもわかる。だから灯屋君に友人らしい友人がいなくても特に気にせずにいたし、むしろ一人が好きなのだろうと思っていた。
大人になっても、よく仕事帰りに一人で行きつけのバーに寄るとか、一人で公園や神社に向かうという報告だった。
まれに引っ掛けた女性と過ごす事はあっても、親しい友人が側にいたなんて報告は一度もなかったのだ。
しかし、実は一人に見えていたそこに誰かがいたのだとしたら?
彼の言う、親友がそこにいたのであれば?
そう考えた瞬間。
始業前のベルがスピーカーから流れたため、私達は慌てて会議室を出ることになり話は途切れてしまった。
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