第22話 恋の自覚-Side灯屋-8
公園でちょっと会っただけの人。
人並外れた美しさに子供ながらにも一目惚れして、恥ずかしさのあまり上手く話せなかった。
見るからに洗練されたお嬢様といった風貌の人に、ボロボロな自分を見られるのが恥ずかしくて帰りたくもない家に早々に帰ったんだ。
黒くて長い髪が綺麗で、少しキツめの顔のつくりの割に儚げで、すらりとした手首の細さが印象的で。
何故か全てを諦めたような表情をしていた着物が似合うお姉さんだった。
どんな話したかはかなりうろ覚えだが、お姉さんは何度も自分は男だと言っていたような……。
そんな、まさかな。
「まさか、まさかですけど……十五、六年前とか、じゃないですよね……?」
俺が冷や汗をかきながら聞けば、幽雅さんは唇を尖らせて言った。
「まだ私が女に見えるかね、少年」
その瞬間、今の幽雅さんとあの時の記憶がようやく重なった。
以前、幽雅さんが『まだ女に見えるか』と聞いてきていたのはそういう事だったのか。
幼い子供の戯言だと聞き流して良いはずなのに、どうやら幽雅さんにとっては重要な出来事だったらしい。
感動の再会というよりは申し訳なさが大きかった。
「……当時から随分変わりましたね。というか、そんなに俺が女の人って言ったの気にしてたんですか?」
「滅茶苦茶気にしたぞ!! あれ程の衝撃を受けたことは無い」
「ご、ごめんなさい……?」
「いや、これは私の問題だから良いんだ……それにもう男らしいという判定をもらっているしな」
少し興奮気味だった幽雅さんはオホンと咳払いして落ち着いた。
なんだかよくわからないが、幽雅さんは俺の言葉で体を鍛えたのか?
栄養状態が良くない俺くらい、幼い幽雅さんも細かったし鍛えるのは良い事だと思う。
だが、結局俺に対する初対面の印象が最悪なのは変わらないようだが……。
俺は首を傾げながらそれを口にした。
「やっぱり俺との初対面は最悪じゃないですか」
「最悪なものか。私は君に憧れてこうなったんだぞ」
「どうしてそうなるんですか!?」
一体俺のどこにそんな要素があるんだ。
聞けば聞くほど混乱してくる。
俺の困惑を感じ取ったのか、幽雅さんは静かに過去の事を話してくれた。
「私は守られる事を受け入れ、戦うという選択肢を持っていなかった」
突然幽雅さんに呪いが発現し、会長は孫を守るためにお屋敷に匿った。
軟禁状態で、自由に外に出る事も人に会う事もできなかったという。
必要な対処であっても子供には辛いだろう。
快活さを失っていく幽雅さんを見かねた会長は、外出を許すようになる。
ほんの少しの自由ができた時に、偶然俺と公園で出会った。
それが大きな転機になったのだと幽雅さんは言った。
「幼い君は、自らの環境を嘆くでもなく、これは自分の戦いだと言った。恵まれた環境に身を置いている私はやろうと思えばなんでもできたのに、何もせずに嘆いて諦めて……本当に情けなかった」
「いや、さすがに幽雅さんは問題の規模が違い過ぎるでしょう」
幽雅さんだって俺と四つくらいしか歳が変わらないのだ。
それに家庭内の問題というレベルではない。
日本だけでなく世界を股に掛けた危険度だ。
何もしないという選択肢が悪いとは思えない。
俺がそう伝えても幽雅さんは首を横に振った。
「君は自らの意思で父親のもとに残ったのだろう」
「……そんな所まで知っているんですか」
幽雅財閥にはお世話になっているからどれだけ調べられても構わない。
だが、俺じゃなければプライバシーの侵害どころではないと思う。
俺の事を何でも知っていそうな幽雅さんに、さすがの俺でもドン引きだ。
ふう、と小さく息を吐いてから当時の俺の考えを口にした。
「父は……まともな相手じゃなかったので、暴力に屈した母は離婚を諦めかけていました。自分が我慢すれば良いと。母が我慢した所で、一緒に暮らす俺と妹にも影響は多々ありました。それなら男の俺があいつの所に残り、母と妹を逃がしておじいちゃんとおばあちゃんに助けを求める時間を稼げたらと思ったんです」
全員で逃げれば、父はなりふり構わず探し出し、きっと逃げた先にも迷惑がかかる。
それを避けるためにも誰かが残り、すぐに母が戻ると思わせる必要があった。
三人で本当の幸せを掴むために、俺は自ら残る事を選んだ。
幼い俺は、父とは違う『女を泣かせないカッコイイ男』になりたかった。
結果的に俺が死にかけたことで母と妹を随分と悲しませ、泣かせてしまった。
それでも共倒れになるよりは良かったはずだ。
父とは正反対の何かになりたいという考えは、今も病的に俺に根付いている。
大人になっても全て背負い込み、社員に心配をかけていた。
結局、俺はなんの成長もしていないのだと笑ってしまう。
「いやぁ、今も昔も俺の頑張りってな~んか空回りしてますね~あははは」
暗い空気になるのも嫌だから、俺は軽く流してもらおうとした。
しかし、幽雅さんは真面目な顔で俺を見据えて静かに怒っていた。
「幼い頃から君は常に周りのために行動している。他者のために戦う君を笑う者がいたら私が許さない」
その声があまりにも真剣で俺は息を呑んだ。
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