第21話 恋の自覚-Side灯屋-7

 


 さて。

 今日はとうとう幽雅さんと初ディナーの日だ。

 

 幽雅さんと二人で職場を出ると、ラフな格好ではあるが護衛と思しき人が待っており、軽自動車に案内された。

 普段の仕事で送迎に使っている高級そうな車とは全然違って少しばかり驚いた。


 そのまま車で高級そうなホテルに向かい、地下駐車場で護衛が三人増えてエレベーターに乗り込む。

 扉が開くと更に高級感が増した最上階のレストランホールへ連れられ、奥にある貸し切りの個室に入って着席した。

 その間の俺はこの物々しさに気圧され、ずっと無言だった。


 個室を見渡しても貧乏人の俺には高級そう、という語彙しか浮かばなくて圧倒されてしまう。

 置かれたグラス一つにしてもゴージャスというよりもシンプルで洗練された雰囲気だ。

 黄金とかじゃなくても高そうな品ってわかるんだなとぼんやり思っていた。


 護衛の人たちが礼をしてから退室して、ようやく幽雅さんが口を開いた。



「今まで誘いを断っていて悪かった。別に君との食事が嫌だという意思は無かったんだ」

「いえ、今回誘って頂けたのでそれはわかりました。でも……なんですかこれは」



 最上階へのエレベーターもVIP用というか、通路にも一般客が全くいなかった。

 完全にお忍びの行動としか思えない。

 幽雅さんは頷いて俺の疑問に答えてくれる。



「立場上な。仕事以外での付き合いは、これくらい気を付けなければならないんだ」



 普段気さくに仕事をしているから忘れがちだが、幽雅さんは世界でも有数の御曹司なのだ。

 それだけでなく、極上の美貌も特殊な能力も持ち合わせている。

 だから危険は常につきまとうだろう。


 そう気軽に誘って良い相手では無いという事実を今更ながら突き付けられた。

 それでも幽雅さんを諦める気は無いが、俺の行動は浅慮であったと猛省した。



「……考えが足らず毎日のように声を掛けてしまい申し訳ありませんでした」

「何を言う! 最初に誘われた日からずっと今日まで準備を進めてきたんだぞ!!」

「えっ」



 幽雅さんが慌てたように否定してくれて、俺の心臓がドキリと跳ねた。

 沈みかけていた気持ちが一気に浮上する。



「誰が聞いているかわからない場で説明ができなくて今まで黙っている形になってしまったが、私も君とちゃんと話をしてみたかったんだ」



 幽雅さんが警護を増やしたり警戒を強めると、つけ狙う側も相応の対応と準備をしてしまう。

 そのため可能な範囲で隙があるように見せているらしい。

 いつでも狙えるから急ぐ必要が無いと思わせているのだ。


 しかし、今日のように他者といる場合はそうも言っていられない。

 関係ない者が襲撃に巻き込まれるのは避けなければならない。

 人質にでもされたら目も当てられないだろう。

 だから秘密裏に安全な環境を用意する必要があった。

 この日のための移動ルートの確保、護衛の配置を徹底したそうだ。


 俺のためにそこまで調えてくれていた事が素直に嬉しい。

 向かい合って座っている幽雅さんはニコニコと子供みたいに上機嫌だ。

 三ヵ月準備して、本当にこの時間を楽しみにしていてくれたのだと伝わる。

 嫌われたのかもしれないという不安の後に、こんな事を暴露されては期待してしまう。

 本当にこの人はズルい。



「料理はこちらで決めても良いだろうか? 君に好き嫌いは無いはずだが」

「あ、はい。何でも食べられます」



 事実、俺は父親に生ゴミでも、虫でも、排泄物でも、面白がって何でも食べさせられていた。

 それを考えると食品であれば全て美味しいと思うし何でも好きだ。



「では用意させていたものを運ばせる。場所からメニューまで不自由させてすまないな」

「とんでもないですよ。ワクワクします」



 俺は決めてもらえるなら、それはそれで嬉しい方だ。

 何が来るのか楽しみになるし、不自由だなんて思わない。

 だがそれは普段自由があるから言える事なのかもしれない。

 幽雅さん自身は自由に見えるけど、実際は不自由の中で生きているのだと窺えた。



「場所も正直助かります。幽雅さんも知っての通り、恫喝が聞こえると体が竦む事があるので落ち着いた場所が好きなんです」

「ふふ、ならば私達は相性が良いんだ。相性は共に過ごす時間が増えるほど重要だからな」



 幽雅さんは嬉しそうに声を弾ませた。

 特に深い意味の無い会話だろうが、俺みたいな相手に言ってはいけないと思う。

 これからもずっといてくれるのかと言いたくなってしまう。

 俺はなるべく平静を装って忠告した。



「そういう、気を持たせるような事を言うのはやめた方が良いですよ。勘違いしそうになるんで」

「恋愛対象として見ていないだけで、灯屋君の事は好きだと言っているだろう。その感情まで偽る気は無い」



 こうも自信満々に言われてしまうと、さすがに好意の理由が気になった。

 俺自身に好かれる心当たりがまったく無いのだ。

 一人で考えても仕方ないので直接聞くしかないだろう。



「なんでそんなに俺の事が好きなんですか。それがまず疑わしいんですけど」

「む……」

「初対面はむしろ俺の態度が最悪だった自覚ありますし」

「……言っておくが、私達が初めて会ったのは三か月前ではないからな」

「はぁ?」



 それは無理があるだろう。幽雅さんくらいの美形を見て忘れるはずがない。


 ────ん?


 いや、待てよ。

 そういえば昔、とんでもない美人のお姉さんと会った記憶がある。

 幽雅さんと同等の美貌なんてあの人くらいだ。


 俺はお姉さんに会った次の日に死にかけて、思い出している余裕も無かった。

 忘れていた遠い記憶が、今になって一気に俺の脳裏を駆け巡った。

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