第4話 相棒との出会い-Side灯屋-3



 平和に、仲良く、波風を立たせずに良い職場環境をつくってきた。

 それがたった一人の存在によってそれが崩れ去ろうとしている。


 その原因は侵略者幽雅さんなどではなく、俺自身だ。

 幽雅さんは何も悪くないのに、幽雅さんの恵まれた全てに苛立ってしょうがないのだ。

 俺が社会人にあるまじき明らかに嫌な態度を取ってしまっているのに、幽雅さんは意に介さない。

 大人の対応をしてくれている幽雅さんに感謝しているのに、俺の子供っぽさを突きつけられている気がして惨めになる。

 俺は初めて人を苦手だと感じた。



「はぁ……なるべく関わらないでおこう。それが一番良い」



 幽雅さんだって俺を扱いにくい奴だと思ったはずだ。

 極力関わらず、それぞれの仕事をすればいい。


 その日は結局、ドン受け入れの準備でバタバタしてほとんど幽雅さんと顔を合わせなかった。

 それはありがたいのだが、このモヤモヤした気分を切り替えたいと思った。

 俺は定時ピッタリに社屋を出て、行きつけのカフェ&バーで幼馴染のヤマを呼び出して今日の出来事を語った。



「……と、いう事があった!!」

「っははは! とんでもねぇ事が起きてんなぁ~!」



 同い年で親友のヤマは、短く整えられた柔らかそうな黒髪を持ち、爽やかさと野性味が共存している男前だ。

 日本人にしては彫りが深くて精悍さが際立つ。

 今まで意識した事はなかったが、美形の上司を見たあとでも、ヤマは引けを取らない容姿だと気付いた。


 いつから仲良くなったのかはよく覚えていないが、ヤマは神社の息子で霊感がある。

 亡霊の対処をしてくれているため、幽特と関りがあり、俺が気兼ねなく仕事の愚痴を言える貴重な存在だった。


 ヤマは、生ハムをつまみながら俺に言った。



「アカリはそいつが心配なんだな」

「は~?」



 心配なんて綺麗な感情ではないと思う。

 御曹司という平和な暮らしができる立場にいるなら、幽雅さんはわざわざ危険な世界に立ち入る必要は無い。

 会長の孫なんてものに余計な気をまわしたくないだけだ。

 俺は苦い顔をしてヤマの言葉を否定した。



「単にボンボンのお坊ちゃまの世話が面倒なだけでーす」

「怪我したり死ぬ前に遠ざけてやりたいんだろ? なんやかんや理由つけてるけど、結局そこに行きつく」



 ヤマが自信満々に笑みを浮かべる。

 そう言い切られると反論した所で照れ隠しと取られてしまいそうだ。


 きっと俺が一番苛立っているのは、自分では命令ができない……守れない存在ができてしまった事だと思う。

 俺が一番上の立場だったからこそ下を危険に晒さないよう命令できる。

 しかし、俺が管理できない上司という存在を守れる自信は無い。

 それが怖いのだ。


 俺が拗ねたように無言でナッツを口に運んでいると、ヤマは柔らかい声で言った。



「話を聞く限りじゃ、俺もその上司はめちゃくちゃ苦手なタイプだけど……まあ、俺としてはアカリを守ってくれる存在は素直に嬉しいよ」

「守る? 悪鬼が視えもしないのに?」

「いやぁ、さすがに会長だって、何の考えもなく可愛い孫を危ない職場に送らないだろ」



 確かにその通りだ。

 幽雅財閥という大きな組織をまとめ上げている会長は、誰よりも実力主義者なんだ。

 だからこそ、二十代半ばの俺でもボスになれている。

 コネと言えど能力が無ければ俺の上につけるなんてしないだろう。

 悪鬼が見えなくても問題無い何かが幽雅さんにあるはずだ。

 それならば考えを改めなければいけない。



「そうだな……そうであって欲しい」



 明日、ちゃんと幽雅さんと話そう。

 ヤマと会って前向きになれた気がする。

 俺は一気にグラスの赤ワインを飲み干して白ワインを注文した。

 ヤマは海鮮アヒージョを食べながら真剣な眼差しを俺に向ける。



「本当に困ったり、キツいと思ったらすぐ言えよ。俺だってアカリが心配だし、できる事はしてやるからさ」

「……おう。ほんと、いつも助かってるよ。能力の制御とか」



 家系なのか霊力の扱いが上手いヤマは、俺の強過ぎる能力の使い方をいつも一緒に考えてくれた。

 後天的に発現した俺の力はまだ未知数だ。

 とりあえず今わかっているのは『消滅』させる事だけ。


 能力が発現してすぐの時、俺は住んでいたボロボロのアパートを丸ごと消滅させた事がある。

 幸い人に被害は無かったものの、建物まるごと消えるというヤバい事件を幽特が隠蔽してくれた。

 それから俺は会長にスカウトされ、幽特でのアルバイトを経て大学卒業と同時に就職した経緯がある。

 ちゃんと入社試験も受けたしコネじゃない、と思う。


 俺は助けてくれた幽特と会長に恩を返すためにも、可能な限り消滅の範囲を縮めて安全に能力を発動できるようにヤマと訓練した。

 役に立つ能力であると売り込むために。俺を必要として貰えるように。

 何もわからず力に怯えるだけだった子供の俺にそう示してくれたのはヤマだった。

 ヤマはいつも俺を見守ってくれる大切な存在だ。



「ヤマがいなかったら俺、もっと早く死んでたかもなぁ……」



 そんなに酒が強いわけではない俺は、たった二杯のワインでもホワホワした気分になる。

 ヤマはそんな俺に対し、子供を見守る親みたいな眼差しを向けた。



「はいはい。なら、これからも死なないように努力してくれると助かる」

「え~……どーだろ……」



 俺は別に死にたいわけでも傷付きたいわけでもない。

 だが、この世に執着があるわけでもない。

 誰かを守って死ねたらカッコイイんじゃないかって、ぼんやり思っているだけの凡人だ。

 幽特で最強の力なんて言いながら、単純火力しかない俺は誰よりも替えがきく存在だと自分でも理解している。

 酒のフワフワ感のせいなのか、俺自身の存在も消えてなくなる気がした。



「俺……いらない子になったのかな……」

「おい、アカリ?」



 ウトウトし始めた俺に気付いたヤマは、いつも通り車で家まで送ってくれた。

 ヤマはずっと運転中に俺の事を慰めてくれていた。



「何があっても俺はずっとアカリの側にいる。俺はアカリの──だから」



 いつもヤマが言ってくれる言葉がある。

 毎回聞けば思い出す。多分、嬉しい言葉。

 なのに、寝て起きると、いつもヤマがなんて言って慰めてくれていたかを忘れてしまうんだ。


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