第3話 相棒との出会い-Side灯屋-2
能力持ちは怪我の治りが早い。
だから大丈夫だといくら言っても幽特お抱えの医者は首を横に振り、病院に一週間強制入院させられた。
このやり取りも珍しい事では無かったのだが、今回は事情が違ったようだ。
きっと俺がいない間に色々な物事が進行していた。
それに気付いたのは、一週間ぶりに出勤した朝礼に知らない人物が乱入してきてこう叫んだからだ。
「おはよう!! 今日からコネで諸君らの上司になった
──これが、俺と相棒の出会いだった。
◇◇◇
俺、
まだ若造だが、ボスという名のトップに君臨している。
正確には君臨していた、になるのだろうか。
なんの前触れもなく俺の地位は謎の男に奪われたらしい。
トップが変更という重大な事柄なのに、何故かボスである俺にこの人事は全く聞かされていなかった。
話を聞くに、この人は会長の孫だそうだ。
いくら権力があろうとも、あまりにも横暴が過ぎるのではないだろうか。
さすがに声をあげずにはいられなかった。
「あの、すみません幽雅さん……俺には何の話も通っていないのですが」
幽雅という侵略者はこちらを向いた。
この男は驚くほど容姿が整っていて、見つめられると息が詰まりそうだ。
腰まである長い黒髪を上の方で束ねており、社会人としては奇抜な域なのに、その涼し気な顔によく似合っている。
パッと見るだけだと切れ長の目に冷たい印象を受けるが、最初の挨拶だけでもコロコロと表情が変わり、幼さすら感じた。
黙っていればクールで美形な御曹司だが、喋ると夢が崩れるタイプだと思う。
身長は自動販売機よりも高そうで、とにかく脚が長い。
オーダーメイドであろうピッタリとしたスーツ越しに浮かぶシルエットは細すぎず、かといって鍛え過ぎることもなく見事としか言えない。
背筋がピンと伸びていて俳優かモデルが本業と言われても信じてしまう。
「君は灯屋善助だな」
その声もよく通り、自信を端々に感じて誰もが耳を傾けてしまう魅力がある。
生まれながらにして上に立つ者だと自覚しているかのようだ。
正直、ここまで観察していてほとんど誉め言葉になってしまうのは面白くなかった。
最初から全てが恵まれている人間なんて誰だって気に食わないだろう。
それでも俺は笑顔を貼り付けて対応した。
「はい、一応ここのボスは俺なんですけどね」
「知っている。灯屋君のボスという立場は変わらない。今まで通り業務に励んでくれたまえ」
「……では幽雅さんは?」
ボスより上は無いはずなのに上司とはどういうことか。
俺の疑問に幽雅さんは高らかに答えた。
「私はなぁ、コネを使って灯屋君の更に上の役職を作ったぞ。ドンというやつだな! なぁに、お飾りの上司と思ってくれて結構。私は部下という名の、オバケが怖い時に真っ先に私をあやしてくれる人間が欲しかっただけなのだよ!!」
5歳児並の主張をする上司。
それはあまりにも曇りのない目をしていた。
この時、フロア全体の思いは一つになったと思う。
(ヤベーのが来た)
そんな心の声が社内全体に響いた気がした。
何度も言うが、幽特は悪鬼退治を専門としている。
だから“オバケが怖い”なんて人間が一番来てはいけない職場なのだが……。
「えーっと、幽雅さん……ここの仕事内容わかってますよね?」
朝礼を終え、皆をデスクに戻した俺は幽雅さんを廊下に連れ出した。
「当然だろう。オバケ退治だ」
大の大人がオバケ退治という単語を発する姿はシュール過ぎる。
さっき直接受け取った履歴書の年齢は29歳だったぞ。
口元が引きつらないように気を付けて俺は微笑んだ。
「オバケが怖い人が一番来ちゃいけないと思うんですけどね?」
「ふっふっふ。私もそう思う」
「思ってたんですね!?」
どこまでが本気で、どこまでが冗談なのかが掴みにくい。
俺は深く呼吸を繰り返して平静を保とうとした。
霊感があれば誰でも見る事ができるものを俺たちは『亡霊』と呼んで区別しており、それは寺や神社に対応を任せている。
亡霊は害が無く、見て驚いてしまう程度のものだ。
もちろん驚いて転んだり、運転中のハンドル操作ミスを引き起こすなどの被害はあるから、亡霊を移動させたり成仏させるのも重要な仕事だ。
だが、悪鬼は亡霊よりも遥かに危険な存在であり、視認も難しいときている。
現場では常に命のやり取りが行われているのだ。
俺は幽特内で最も強力な能力を持ち、解決件数トップの成績を入社以来維持している。
危険な現場には率先して向かい、部下に怪我をさせる事もない。それが俺の自慢でもある。
だからこそ、こんな訳のわからないチャランポランが上にいては困るのだ。
「コネだか何だか知りませんが、俺の上ってことは貴方も現場に出なきゃいけないんですよ」
「もちろん出るぞ!」
幽雅さんは堂々と言い切った。
まさか現場に出る気だったのか。これは少し意外だった。
「へぇ。幽特に所属できたくらいだし、幽雅さんもオバケが視えるんですか?」
「み、み、み、視えるわけがない!!」
幽雅さんはブンブンと首を大きく左右に振る。
なんだ、視えないのか。
この質問だけで本気で怯えた様子なのに、そんなんで現場に立つ?
基本的な視る能力すら無いのに上司とは笑わせる。
「視えないのに現場に来るんですか? 現場は死と隣り合わせで、役立たずはすぐに死にます。怖がっている場合じゃないんですよ」
「フン、怖がって何が悪い!!」
何故か幽雅さんは腰に手を当てふんぞり返って廊下に響く声で言った。うるさい。
俺が怪訝な顔を向けると、幽雅さんはこちらの目を見てハッキリ言った。
「苦手だと最初に伝えておく事の方が大切だ。それこそ強がって弱点を隠し、現場で発覚しては手遅れになり対処も難しい。正しい情報共有こそが安全に繋がると私は思うぞ」
確かにその通りだ。幽雅さんは何も間違ってはいない。
だからこそ腹が立つ。
何も知らず、何もできないヤツが“言葉だけ”は正しいのが許せなかった。
そんな俺の感情などわからないらしい幽雅さんは、人の良さそうな柔らかい笑みと視線をこちらに向ける。
「灯屋君も、今まで誰にも言えなかった悩みを私に言うといい。そのための上司だ」
「はは、俺が『オバケが怖~い』って言えば仕事が無くなるんですか? 違うでしょう? 現場も何も知らない、口だけ挟む上司なんていてもいなくても同じです」
凄く嫌な言い方をした自覚はある。
だが、危険な仕事で被害を受けるのはこの人なのだ。
何かが起きてしまう前に追い出せるなら追い出した方が良い。
俺の態度にこの人は怒るだろうか、不機嫌になるだろうか。
しかし、幽雅さんはニコリと笑った。
「そうか。いてもいなくても同じなら、いても構わないな!」
「……え?」
「ふっふっふ。これからも宜しく頼むよ、灯屋君」
その言葉と共に幽雅さんは俺の両手を無理矢理掴んでブンブンと上下させた。
俺は呆気に取られて何も反応できずにされるがままだ。
手を離した幽雅さんは、まるでショーでのターンを思わせるくらいの美しい動作でフロアに戻っていった。
とても眩しい人だ。
俺の暗い感情なんて気にする事もなく、前を向いて光を照らす。
取り残された俺は、じわじわと胸の奥から這い出てくる自己嫌悪にさいなまれ、その場でしゃがみ込んだ。
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