第2話 相棒との出会い-Side灯屋-1
『もう楽になってもいいんじゃないか?』
そんな声が頭の奥に響く。
現場では頻繁に戦闘が発生し、痛いし、辛いし、いったいなんのために頑張っているのかもよくわからなくなる。
「ぎッ!? くっそ……いてぇ……」
見えない手が俺の脚を急に掴むから、負荷がかかって靭帯を傷めたようだ。たったこれだけの事で人間は故障するんだからダルい。
それでも痛む足を引きずって前に進むのは何故だ。
人助けができるから?
給料が良いから?
家族が悲しむから?
どれも大切ではあるけど、決定打ではないと思う。
『お前が死んでも誰も責めたりしない』
『苦しいなら逃げたっていい』
『弱い自分を受け入れて、諦めても構わないさ』
頭に響く声は、楽な方へ導こうとする。
甘い誘惑だ。
なのに俺は激しく苛立っていた。
「うるせぇ……」
ポツリと呟けば、ここが荒れた墓地だという事を思い出す。
ど田舎の獣道を進んだ先にある小さな墓地は若者の間でひそかに心霊スポットとして話題になりつつある。
廃墟好きの動画配信者がすでに三人行方不明になっている曰く付きの現場だ。
面白がって更に人が集まる前に、俺は……俺達『
正式名称は『幽雅特別緊急対策事業』で、簡単に言えば心霊現象専門の解決を目的とする会社である。
被害状況を調査し、一番解決に合った相手に仕事を振る。
悪鬼は霊能力者であっても相性が悪ければ視認できない厄介な存在である。
視える者が希少だから俺達はひっぱりだこだ。
悪鬼は危険度に応じて特・上・中・下の四種に分類されている。
俺は特と上の悪鬼しか視えない。
墓場に向かって歩みを進める度に擦り傷や切り傷が増える。
視えない雑魚の攻撃にイライラする。
「消えろ……消えろ、きえろ、キエロ」
俺は痛みが走る箇所に触れて、そこにいるであろう悪鬼を消していく。
視えなくても、攻撃のためにそいつが俺に触れているなら対処ができる。
苦肉の策として、肉を切らせて骨を断つを実践しているのだ。
「……はぁ、チョロチョロとまとわりついてウゼぇな」
ここに来る途中で見つけたニュース番組の撮影隊を安全な場所に避難させるため、
それに後悔は無い。
しかし、怪我が増えると部下に怒られる。
心配してくれる人がいるのは素直に嬉しいが、そろそろ呆れられている空気も感じている。
申し訳ない気持ちは一応あるのだ。
雑魚が視えないだけでは簡単に死なないが、強力な悪鬼が視えずに一撃で死に至った仲間を今まで何度も見てきた。
だから俺は誰よりも前に立てるようにボスの地位まで上りつめた。
俺が上司であるうちは自分がどうなろうとも、部下の誰も傷付けさせない。
どうせ死ぬなら誰かを守って死ねば格好もつくんじゃないかと考えている俺は、緩やかに死を望んでいるのかもしれない。
「……ははッ」
痛みと出血でアドレナリンが溢れているせいか笑いがこみあげる。
それと同時に、今日のお目当てが登場した。
墓地の奥に大きな穴が空いていて、そこから六メートルほどの芋虫のようなものが出てきた。
よく見れば頭蓋骨を数珠つなぎにした列車のようにも見える。
どちらにせよあまり気持ちの良い見た目では無い。
窓のようになっている眼窩の奥には行方不明者と思しき人間の姿が見えたが、腐敗して肉が崩れ落ちているから手遅れだと判断した。
「フハッ、手加減する必要もなくなってありがてぇ……ぶっ殺すだけの簡単な作業になったなぁ!!」
俺の声と殺気に気付いた悪鬼が、また穴に戻ろうとしている。
ボス級の
「逃がすわけねーだろ、ボケ!!」
スーツの内ポケットから俺は銃を取り出して悪鬼に向ける。
遠距離からはこれが一番だ。
俺が放ったペイント弾はしっかりと悪鬼に付着してシミを作る。
「消えろ!!!」
そう俺が叫ぶと同時に悪鬼が周囲の木々を揺らすほどの断末魔を響かせた。
俺が撃ち込んだインクで塗られた場所だけがポッカリと消滅している。
攻撃が効いているらしく、悪鬼は大きな図体をうねらせてその場で苦しんでいた。
「ハハッ……見えりゃお前らなんか怖くねーんだよ。さっさと消えちまえ!」
ゆっくりと歩み寄り、悪鬼に直接触れるとジュッという音を立ててあっさりと悪鬼の大きな体は消滅した。
消えると同時に悪鬼がいた位置にボトボトと何かが落ちてくる。
さっき見えた犠牲者達の肉片や骨だ。
原型はほとんど留めていなかったが、何も見つからないよりだいぶマシだと思う。
周囲は静まり返り、芋虫上鬼の庇護を受けていた雑魚悪鬼も同時に祓えたようだ。
この場が安全になったと判断した俺はスマホで電話を掛けた。
「
これで近辺に待機していた社員が後処理をしてくれる。
仲間の到着を待つ間、俺は地べたに座って傷の痛みをやり過ごす。
戦いが終わればさっきまでの興奮は嘘のように消え去り、なんであんなにも死に向かおうとしていたのかがわからなくなる。
俺の中に凶暴な人格と弱気な人格が入り乱れているみたいだ。
冷静になると、少しだけ自分の指先が震えている事に気付いた。
「怖いな……」
俺は自分の手を空に掲げてぼんやりと見つめた。
この手で俺は、文字通りなんでも『消して』しまえる。
自分で制限しなければ、本当に何でも消えてしまう。
どうしてこんな力があるのか、消えた物がどこにいくのか、実は何一つわかっていない。
どんな強力な悪鬼でも倒せてしまう、最強とも言える力が俺にはある。
だが、今は大丈夫だとしても、いつこの凶暴性が人間に向けられるかわからないのだ。
守る力で人を傷付けてしまう事が俺は恐ろしい。
「俺はやっぱり……いない方がいいんだろうな」
自分の言葉に傷付き、暗い感情がどんどん俺の中に溜まっていく。
いらない存在だとわかっていても、どこかで救いを求めてしまう。
誰かの役に立っているうちは生きていても許されるはずだと。
この強さで部下を守っている間は誰も俺を怒らない。
「はは……」
囁く声の言う通り、死んだ方が良いとわかっていても、結局いつもこうして悪鬼を倒して俺は助かっている。
そんな浅ましい自分を笑うしかできなかった。
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