灯は幽かに鬼を照らす ‐嫌われていたはずの相棒に結婚を迫られています‐

@kuronagareno

第1話 相棒との出会い-Side灯屋-ゼロ

 


「ボス~もうすぐドンの記者会見っすよ」



 三時のおやつが視野に入る頃。オフィスにいる社員がソワソワと落ち着かない様子だ。

 この職場で一番偉いドンの初の生放送記者会見があるのだから、それが気になって仕事に集中できないだろう。

 俺は苦笑しながらデスク上のノートパソコンを閉じた。



「上司の活躍を見守るのも仕事のうち……って事にしましょうか。プロジェクターの準備をお願いします」

「さすがボス!!」



 すぐさま皆は設備を整えて生放送を壁一面の大きなスクリーンに映し出す。

 すると、ちょうどお目当ての人物が会見の席につくところだった。

 このモデル顔負けの顔とスタイルを持つスーツ姿の男性が、我が社のドンであり本日の会見の主役である。

 数人が画面を見て感嘆のため息を漏らした。



「ドン、スクリーンの大画面で見てもやっぱり美形ですね」

「新婚だし、肌艶だって良くなってるでしょう。羨ましいわぁ」

「それ、女子からでもセクハラになりますよ」

「すみませーん」



 社員の軽口はいつもの事だ。俺が形だけ諫めればすぐに静かになり、皆画面に集中した。

 カメラのフラッシュを浴びても涼しい顔をしている男は、長い黒髪を高い位置で一つに束ねている。長髪にも違和感を抱かない美しく整った顔は、自信に満ちた笑みを浮かべて正面を見据えた。

 会見開始の時間になった瞬間、彼は口を開いた。



「私は幽雅正継ゆうがまさつぐ。自分で言うのもなんだが、ご存じの通り幽雅財閥の御曹司だ。この度は私の結婚会見にお集まり頂き感謝している」



 銀行、ガソリンスタンド、楽器、製鉄所、アパレル、不動産、様々な場所で幽雅の名前を聞くだろう。

 日本にいれば必ず知る名前だとしても、わざわざ結婚会見をするような立場ではない。

 では、何故こんな場が設けられているのか。

 幽雅さんは突然椅子から立ち上がり、卓上にあったマイクを握って高らかに声をあげた。



「私が愛した者はたまたま同性だったものでな。この国では結婚できなかったのだが、私は生まれに恵まれていた。これまで性別を理由に愛する者との当たり前の幸せを諦めなければならなかった者達には『遅くなってすまない』と謝罪したい。だが、もう憂う事はない! 私が幽雅財閥の権力をフル活用し、同性婚を法の下に認めさせたのだからな!!」



 会見の趣旨はある程度最初から伝わっているため、会場の動揺は少ない。

 それでもやはり見ている方は妙な緊張感に包まれる。

 これから俺達の世界は少しずつでも、大きく変化していくのだから。

 幽雅さんの力強い声が更に響く。



「私がこの国の同性婚第一号となり、周知するためにこの会見を開いた! 皆、私に続け。私と共に当たり前の愛を感じ、当たり前の制度の活用を!!」



 会見というより演説だなという感想が浮かんだ。

 それはきっと会場も同じだろう。記者達の誰もが動けずにいる中で、満足した本人だけが何事もなかったかのように着席した。

 


「……私の挨拶は終わった。さて、質問でもなんでも受け付けるぞ」

「え、あっ……! い、以上が幽雅正継さんからの挨拶です。では、ご質問をいくつか……では、そちらの紺色の服の方」



 自由奔放な幽雅さんに完全にペースを奪われてしまった進行役のアナウンサーが可哀想になってくる。

 ようやく本来の流れに戻ったであろう会場からは質問が飛び交った。



「お相手の方はこの場に呼ばなかったんですね」

「一般人だからな。いや、私も一般人だが……」

「相手のどういった所に惹かれました?」

「いいのか、語ると長くなるぞ。あれは幼少の頃の──」

「すみません、それはこの場でなく時間の余裕がある取材で改めて語っていただけると」

「む。そうか……」



 話しを止められて残念そうな幽雅さんを見てオフィスは笑いに包まれた。

 画面の端に映るアナウンサーも笑いを堪えながら次の記者を指名した。



「プロポーズの言葉は?」

「それは難しいな。それらしい言葉は何度もあったんだ。でも一番最初は……相手からの『幽霊が怖いなら幽雅って苗字もちょっと怖くないですか? 俺の苗字になったら怖くなくなりますよ』って言葉になるんじゃないだろうか」



 こうして改めて聞くと、なんて馬鹿っぽい台詞なんだと思ってしまう。

 幽雅さんは『夫婦別姓も同性婚と一緒に認めさせたので今の所私達の姓も変わっていないぞ』と付け加えていた。

 記者はプロポーズの言葉よりも別の事に気を取られたようだ。



「……えっと、あなたは……幽霊が怖いんですか?」

「ああ。めちゃくちゃ怖いから、職場では少しでも怖くないように幽霊じゃなくてオバケと言うように頼んでいるな」



 幽雅さんが至極真面目な顔で告げる中、会見の場からは大きな笑いが聞こえてくる。

 それからも会見は始終和やかだった。

 もっと差別的な言葉や批判が混ざるかと覚悟していたが、全くそんな事は無く平和に終了した。

 全国放送で幽雅財閥を敵にまわすなんてできないだけかもしれないが。

 それすらも幽雅さんの思惑通りなのだろう。

 生放送の後、皆がプロジェクターを片付けながら俺を見た。



「どうでしたかボス。愛しの伴侶の活躍は」

「マジであんな面白いプロポーズしてたんすか!?」

「てか、最初はボスってドンの事めっちゃ嫌ってたからどうなるかと思ってましたよ」



 そう。

 会見していた幽雅さんと結婚したのは、ボスこと俺。

 灯屋善助あかりやぜんすけである。



 ──これは俺と幽雅さんの出会いから結婚までの話だ。


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