事故死しかけた義理の姉を助けたら中の人がクラスのメイトだった件。

第31話

「知ってるんでしょ？」

トバリナの主語のない問い掛けにオレの心は震えて揺れた。

迂闊な返事はできない、返事ひとつでもう今までみたいな姉弟（きょうだい）には戻れなくなるかも知れない。

きっとトバリナは「血縁関係がない」ことを言ってるのだ。

オレたちはこのことについて、直接会話で触れたことがない。

それでも、姉弟（きょうだい）に戻れなくても、そのさきの違う道が開けるかも知れない。

だけど、いやだからオレは慎重になる。

「何を？」

「ふ―ん、あんた。意外に臆病者なの？」

オレの手のひらが添えられたまま、払い除けることなく「キッ」と睨んだ。

帳（とばり）との姉弟（きょうだい）関係が揺らぎかねない。

臆病者にもなるって。

「そうだけど、知らなかった？」

「知ってた。だけど、ここぞって時は頼れるのも知ってる」

「姉さん、それズルくない？」

「そうよ、あんたの姉さん、ズルっこなの。いいじゃない、あんたの声で、言葉で言って欲しいんだから。ダメ？」

あぁ、マジかよ。

そんな覚悟あって来たんじゃないんだけどなぁ……

そもそもここに来たのは、孤独が苦手な姉帳（とばり）に寄り添うため。

まぁ、確かにそんな覚悟この先出来るワケない。

だからこんな風にでもして帳（とばり）に「ケツ蹴り上げて」もらわないと、前に進めない。

進んでいい道かわからないけど……

「どうなの？」

相変らず待てない人だなぁ……オレは軽くため息をついた。

「聞く覚悟あるの？」

「ん…どうだろ。内容にもよるけど、聞かせて。ううん、聞きたい。昇平（しょうへい）の声で、言葉で」

姉帳（とばり）は知ってるのだろうか。

オレがこういう時、手加減出来ないってことを。

知ってるのだろうか、帳（とばり）に対してのさじ加減が残念なことを。

「好きだと思う…」

「思う？」

「うっさいなぁ……聞けよ、もう」

「ふん、だって中途半端にひよったのかと思うじゃない。なに、それって家族としてなんて言わないわよね？」

おいおい、いま煽る必要ないよな？

そうやってシュ―トコ―ス削られたら、ど直球しかない。

たくっ……

「好きだと思う。大好きだと思うし、愛してると思う。それは姉弟（きょうだい）としてもだし、家族としてもだし、女子としても――大好きだし、恋焦がれてる。どうしていいかわかんないくらい好きで、好き過ぎておかしくなりそうで。いや、実際少しおかしくなってるのかも知れない――」

「待って、ちょい待って！」

帳（とばり）はオレの手から離れ胸に手をあて、呼吸を整えた。

あぁ……もしかしてやらかしたか？

いや、これでやらかしたとなると、もう姉弟（きょうだい）やれないぞ……帳（とばり）が聞きたかったのは「姉弟（きょうだい）」として好きとかだったのか？

「ごめん、オレその……勘違いして」

「違うの、そうじゃないの。急にいっぱい言うんだから」

「あっ、でも、じゃあ、今のナシで！」

「えっ⁉　なんでナシよ！」

「いや、だってなんかオレ空気読めてない感じだったし、勘違いしたっていうか――

シにたい…」

「いや、シなないで‼　違うの、聞いて！　聞きなさい、昇平（しょうへい）‼」

勘違いで姉に告ったうえに、なんか怒られた。

どうせいちゅうねん……

「ごめん、わたしズルっこだわぁ。いや、あんたも悪いのよ？　やるときはヤルって知ってたけど、ここまでってイク⁉　姉ちゃん、心臓バクバクだよ？」

「ごめん」

「あやまんない。ふぅ……何から言おうか。そうだ、こんなこと言ってくれるって事は知ってんでしょ？　私とあんたの、その関係？」

「知ってるけど……」

「ホントに？　結婚とか出来んだけど、知ってる？」

「それは……知ってるけど」

「知ってて、姉ちゃんに告ったの⁇　じゃあ、それなりの覚悟あんでしょうね？」

「えっと、それなりの覚悟って、なに？」

「娘さんを僕にください的な？」

「えっ、いきなり？　ちなみにウチの場合誰に言うの？」

「誰って、いまどうでもよくない？　話そらそうとしてない？　嫌なの？　まさかあんた、姉ちゃんで遊ぼうなんて思ってないわよね？」

「あそ……いや、ないけど。なんで半ギレなの？　嫌だったんなら言えよ」

「嫌じゃないし！　ただ弟にヤリ逃げされるとか、どうなのって話！」

「や、ヤリ逃げ⁉」

「そうよ、あんたヤリ〇ンでしょ？」

「それ姉さんが流したデマだから‼」

「あっ、そうだった！　忘れてた‼」

「忘れてただ⁉　オレ日々『ヤリ〇ン』疑惑にさらされてんだけど！」

「しょうがないじゃない！　ぽっと出の女子に取られたくないんだから‼」

オレは見慣れないマンションの下駄箱周辺で見た目クラスメイトのＳ級美少女に壁ドンされていた。

まぁ、中の人姉帳（とばり）なんだけど。

そう考えてふと「あること」に気付いた。

「その…姉さん？」

「なに？　キスする気になった？　言っとくけどおでことか頬っぺで水を濁せると思わないこと！」

サブリナの顔で強気な表情……すげえ大人女子に見えるから不思議だ。

「あの…チョイ質問」

「あによ？」

「いや、なんで急にこんな積極的なの？　その…寂しかったのはわかるけど…」

帳（とばり）ことトバリナは唇をつんとして拗ねた顔する。

実はこの顔、めっちゃ好きなんですけど。

「寂しいのは、そうだよ？　でも、家じゃさぁ…邪魔が入るっていうか、あのさぁ…気付かない？　お母さんめっちゃ私の事警戒してない⁇」

あぁ……その話題触れちゃう感じですか…確かに母さんは帳（とばり）を警戒してる。

思いつく理由は、帳（とばり）は母さんの前でも平気で「きわどい会話」をするから。

割と日常的に。

「それはそうかなぁ……」

「でしょ、でしょ！　そこ、警戒すんの思春期男子にじゃない？『昇平（しょうへい）、帳（とばり）のお風呂のぞかないかな』とか『着替えのぞかないかな』とか『寝てるときおっぱい揉まないか』とか！　なんで私にマンマ―クなの⁉」　

いや、それはオレよか帳（とばり）の方が胡散臭いからだろ？

言えないけど。

「それで邪魔が入らないから今な感じ？」

「ん……別にそうじゃない。寂しかったし、会いたかったし、来てくれたし、手…つないでくれたでしょ？　これだけで十分な理由じゃない？　ケガしてんだよ、あんたは…その、君は」

残念ながらオレも「これだけ」で十分な気がした。

「あによ、姉ちゃんのファ―ストキス欲しくないの？」

煮え切らないオレに帳（とばり）は悪態をつきながら今度は「股ドン」してきた。

もう押せ押せドンドンだ。

「ファ―ストキス…」

「そうよ、なに？　姉ちゃんが誰かとそんなことするって思ってたワケ？　付け加えるとキスしたことないってことは、その先も…だけど？」

マジか……生まれて即、恋焦がれた帳（とばり）の「はじめて」が手に入るかも知れない。

ほんの少しの勇気とモラルなんかを投げ捨てれば。

オレは秒でその辺を投げ捨てた。

でも、最後に確認しなきゃなことがある。

それは――

「その……姉さん。いまサブリナだけど、いいの？　サブリナの体とかでキスして」

「あっ」

忘れてたらしい。

そしてお約束のようにキス寸前でデリバリ―ピザが到着し、オレたちの玄関先の攻防は中断された。

☆

「これはチョ―問題だわ」

帳（とばり）はサブリナの顔で体で胡坐してピザを頬張った。

どの仕草を取っても、帳（とばり）のもので演技とかなりすましではない。

「何が？」

オレは呑気な相づちを打つと呆れた顔して溜息を吐く。

気のせいか、サブリナの顔でされると、微妙に傷つく。

「だってそうでしょ？」

サブリナになった帳（とばり）、オレ称トバリナはにじり寄り距離を詰める。

そもそも隣に座ってるのだ、距離は元から近い。

しかも見た目サブリナなのだ。

ついでに言うと、いつもと違うシャンプ―の匂い。

時間は深夜に差し掛かっている。

だけど、トバリナはそんなことお構いなし。

「だってなに？」

「何じゃないでしょ？　今からベロ―チェ―したら、あんたサブリナとした事になんない？」

姉さん、落ち着こう。

なに、今からベロ―チェ―しようとしてます？

弟ですが？

血縁関係ないとはいえ……

「あっ…」

待てよ、血縁関係云々とかモラルとか言ってんだけど、そもそも「体サブリナ」ならなに一つ問題なくね？

オレのひらめきを見逃してくれるトバリナではなかった。