第77話 繋がる記憶


 その日の放課後、イザベルはルイスを呼んだ。自分の気持ちに気が付いた今、きちんと返事をするために。



「イザベルから呼び出してくれたのは嬉しいが、一人でいるのは危ないな」

「学園内でしてよ。それに、私が武術をたしなむことはルイス様もご存知でしょう?」

「イザベルが例え強くても、心配はする」


 強い眼差しにイザベルは頬を染めた。その顔に、オカメはいない。



「ルイス様、やはり私と婚約解消をしてくださいませ」

「断る」

「断られることを、お断りしますわ」


 懐かしいやり取りにイザベルは頬を緩ませたが、胸が苦しい。それでも、口元に笑みを浮かべてイザベルは話す。



「私では、后妃は務まりませんわ」


 それが、イザベルの答えだった。



 権力が怖い、という感情はもうあまりない。前世に比べて力もついたので、自身で戦うこともできる。いざとなれば、ルイスが助けに来てくれるという信頼もある。


 (自身よりも、国よりも、ルイス様はわれを優先してくださる。じゃが、それではならぬ。われは、ルイス様の前から消えるべきじゃ)


 だが、その想いはルイスに伝えてはいけない。伝えればきっと、離れられなくなるだろう。



「ならば、俺も皇帝には──」

「皇帝になってくださいまし。この帝国にはルイス様が必要ですわ」

「俺にはイザベルが必要だ」

「ですが、それでは駄目なのです。それに、私はまだ自分の罪を償ってませんわ」



 ルイスはイザベルと自分を結ぶ縁を見た。誘拐事件の時にできた小さな傷はいくら治しても、治らない。いや、更に増えている。


 イザベルからの反応は格段に良くなってきているという自覚はあるものの、縁にできた傷が、婚約解消という言葉が、ルイスの不安をあおっていく。



 (この縁は完璧なはずだ。俺が、力の全てを注いだ。壊れるはずがない)



「罪なんてどうでもいい。償うまでというなら、いつまででも待つ。

 もう、貴女と結ばれない人生には堪えられない。お願いだ、今度こそ共に生きて欲しい」



 思わず溢れた本音。表面ではいつも通りを装っていたが、イザベルが誘拐された後からルイスはずっと滅入めいっていた。


 またイザベルに何かあったら、と共にいない時は数分置きに縁の方向を確認し、その度に傷ができた縁の補強を試みる。

 いくらやっても治らない縁と、またうしなうかもしれないという恐怖。もともと短かった睡眠時間は更に短くなり、集中しないと見えない縁を見るために神経をすり減らす。


 普段からイザベルに関しては、ぶっ飛んでいると周囲に認識されていることで気付かれていないだけで、イザベルのことに関しては以前にも増して神経質になっていた。


 だから、漏れてしまった。過去の断片を含んだ言葉が。その言葉にイザベルはふと、ルイスの発した過去を思わせる言葉を思い出す──。



「俺はまた君を守れなかった」

「無事でよかった。また、うしなうかと……」



 ──その時は気にならなかった。だが、今回の漏れ出た言葉でイザベルは、ある可能性に気がついてしまった。


 (まさか、そのようなことがあるのか? じゃが、われもそうじゃし……)



木蔦もくちょう様……?」


 呟いた名前。それに呼応するかのように、ぶわり、と藤の花のにおいがした。

 似てもいないはずのルイスと、帝である木蔦の姿が重なる。そして、その名を呼べば、ルイスは顔を歪ませた。


「もし、俺が木蔦だったら、恐ろしいと思うか?」


 ルイスは下を向き、自嘲気味じちょうぎみにイザベルへと問いかける。


「そのようなこ──」

「前世からずっと想っていたなどと気味が悪いか?」


 どんどんと濃くなっていく藤の香り。ルイスは泣いてなどいないのに、まるで小さく震えながら泣いているように見えた。

 その姿に、イザベルは首を横に振りながらも、狐の面の少年までも思い出された。震えながら泣いていた、藤の花の季節に姿を消した、小夜だった頃のたった一人の友人の彼を。

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