第76話 結局、オカメは落ち着くよね

 それから間もなくしてミルミッド侯爵は処刑され、アザレアはリルハルトの森へと向かった。

 日々は流れていく。学園内でアザレアの話をする者はもういない。



 イザベルはオカメをして学園を歩く。その視線にはもう珍しいものや変なものを見るようなものはない。周りも慣れたのだ。


「ねぇ、リリー。外そうと思うのだけど、どう思う?」

「外すって何を?」


 聞き返すリリアンヌに、イザベルはオカメを指差した。


「ずっと自信がなかったわ。けれど、オカメがあってもなくても、皆が同じように接してくれたの。

 もう、なくてもいいのかもしれない。それに、素顔を隠してるのも何だかクラスの皆さんを騙しているような気がして……。

 もちろん、オカメがこの世で一番素晴らしいのは変わらないけれど」


 (えっ! 殿下に着けさせられてたんじゃないの!? そんなことってある? いや、あるんだけど。うわぁ。殿下のこと疑ってたというか、絶対に殿下が犯人だと思ってたわぁ)


 心の中ではかなり驚いたリリアンヌだが、にこりと表情は笑みを浮かべる。


「そっか。いいと思うよ。ベルリンが自信を持てたってことでしょ?」

「自信というより、大丈夫な気がするのよ。例え変な目で見られても、リリーもジュリアさんも、メイルードさんも、ローゼン様も変わらず接してくれるでしょう?」

「殿下もでしょ」


 リリアンヌの言葉に、オカメで隠れていないイザベルの耳が赤く染まる。


「まさか──」

「自分のことを好きになりたいの。自信を持ちたいわ。リリー、一緒にいてくれないかしら?」

「それは、もちろんだけど、殿下にも話した?」

「いいえ。言ったら絶対に皆さんが変な反応をしないように根回しするもの」


 確かに、とリリアンヌは頷いた。


「それで、いつやるの?」

「これからよ」


 決意に満ちた声にリリアンヌは声援を送る。これから起こる皆の驚く顔とイザベルの笑顔を想像して。




 教室に着けば、そこには二人を除いたクラスメイト全員がいた。その中には当然、ルイスやローゼン、ヒューラック、メイス、カミン、シュナイもいる。

 イザベルは教壇に立つと少し震える声で話した。


「皆さんにお話がありますわ」


 皆が注目し、「オカメの新作ですか?」「どうされましたの?」などと言葉が飛ぶ。だが、イザベルの様子がいつもと違うことを感じたのか、すぐにクラス内が沈黙に包まれた。


 視線を集め、心なしかいつもより白いイザベルの指先をリリアンヌは握った。大丈夫、と想いを込めて。


 その手を一度強く握り返した後、イザベルは静かにオカメを外した。

 だが、皆の反応が怖くて目を開けられず、顔も下を向いてしまう。



 (((((本物のイザベル様だった(の)!?)))))



 クラスメイト達は驚きを隠せなかったが、イザベルを見守った。自分で顔を上げるのを。


 静かな教室に、イザベルは恐る恐る顔を上げた。翡翠ひすい色の瞳に映ったものは、クラスメイトの笑顔だ。


「わっ、私……」


 言葉が詰まり、頬が染まる。翡翠の瞳はキラキラと輝いて、イザベルの喜びを皆に伝えている。


 ただでさえ美しいイザベル。その姿に男子生徒のみならず女生徒までも見惚れている。中には本気でイザベルに惚れてしまった憐れな者も……。



「イザベル」


 オカメをしてもしなくても、いつでも変わらない、イザベルを愛し過ぎている彼の声がイザベルの鼓膜を揺らす。


「ルイス様」


 ルイスが近くに来れば、珍しくリリアンヌはイザベルの隣をルイスに譲った。イザベルの気持ちが分かった今、邪魔者は退くべきだと。


 二人が並べばまるで一枚の絵のようで、その姿にものの数分で失恋が確定した者に、ルイスは視線を投げる。


 (イザベルに見惚れるのは分かる。だが、顔はしっかりと覚えたからな。むやみに近づけば、殺す)


 視線の意味をしっかりと理解し、青ざめる男子生徒を横目に、リリアンヌはイザベルへと声をかけた。


「ベルリン、話があるんじゃないの?」


 それは、子爵令嬢が公爵令嬢に言うには失礼な言い方だ。

 けれど、それを当たり前のように受け入れているイザベルに、オカメをしていた今までのイザベルと、このイザベルが同一人物であると皆が再認識した。



「あの。今まで隠してて、申し訳ありませんでしたわ。決してだまそうとした訳ではなく、自信がなかったんですの。

 今でも、自信はあるとは言えませんわ。それでも、皆さんとはきちんと向き合いたくて……」


 オカメがない視界は明るく、いつもよりも皆の表情が鮮明に見えた。それは、キラキラと眩しくて──。



 (((((────!!?? この流れで、何故そうなる(の)?)))))



 どう考えても、感動的なシーンになるはずだった。学園生活の中でのキラキラの思い出の一ページに。だが、現実はそうはいかなかった。


「ベルリン、なんでまたオカメを着けちゃったの?」

「だって、何だか眩しかったんですもの。それに、オカメがないと落ち着かなくて……」

「あー、確かに。オカメって落ち着くよね。分かるわぁ」



 ある意味でしっかりと思い出になった今日の出来事を、のちにクラスメイト達は口を揃えてこう語っている。「ツッコミ不在ほど辛いものはない」と。

 それでも、この和やかな雰囲気を誰もが楽しいと感じ、イザベルのオカメありも無しもすんなりと受け入れられた。


「私、このクラスの皆さんに出会えて良かったですわ!」


 それは、クラス皆の総意であった。

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