第四章 成敗は般若

第46話 高笑いと招集


 入学して一年が経ち、イザベル達は2年生になった。

 イザベル、ルイスはもちろんのこと、リリアンヌやローゼン、取り巻きーズも変わらず成績上位者のため、今年も同じクラスだ。


 クラスのメンバーもあまり変わりはなく、一年も経てばオカメなイザベルにも慣れたものだ。


「イザベル様、おはようございます」

「今日のオカメは頬の色がアプリコットですのね。新作ですか?」

「おはようございます。そうなんですの! 昨日完成したばかりの新作ですのよ。良ければおひとつ……」

「オカメは一番イザベル様がお似合いですので、遠慮しておきますわ。あっ! リリアンヌさんがいらっしゃいましたよ」


 オカメ回避をした令嬢はリリアンヌにあいさつをすると、そそくさとその場を立ち去った。



「リリー、おはよう。あら? スリッパ? 上履きを忘れてしまったの?」

「……まぁね。それより、ベルリンのオカメ新作でしょ? いいね!」

「そうなの。新作なのよ。今日は特別な日だから気合いを入れるためにも新しいものにしたのよ」

「特別?」

「昨日届いたお兄様のお手紙に、そろそろご迷惑をかけた方々に謝罪に行っても良いとかかれていたの。だから、早速お会いしに行こうと思って……」


 真剣に話すイザベルに相槌あいづちを打ちながら、リリアンヌは安堵あんどの息を吐いた。


 (ベルリンが頑張ってる大事な時なのに、嫌がらせにあってるなんて言えないよ。本来の悪役令嬢がいないと思ったら、別の人にやられるとか。

 ヒロインなんて、もうやる気ないから本当に迷惑。上履きだって、無料タダじゃないんだからね。指定だから高いんだから! 切り刻まれたら直せないじゃない!! どうしてくれんのよ!!)


 

 1年の夏休み明けくらいから、リリアンヌへの嫌がらせが少しずつ始まっていた。最初は話しかけても無視をされるくらいだった。それが、陰口を聞こえるように言われたり、物を隠されたりへと変わるのに時間はかからなかった。


 幸い、ほとんどのクラスメイトは嫌がらせとは無関係のようで、リリアンヌに笑顔で応じてくれている。そのため、周りにバレることもなく、困ることも今まではなかったのだが、2年生になってから遂に実害が出た。



 (鞄を隠された時は探せたし、体操服を汚された時は洗えたから良かったけど、切り刻まれたら戻せないじゃない!

 教科書を破られた上に池に捨てられて再起不能になって買い直したばっかりなのに。これじゃあ、いくらあっても足りないわよ!

 フォーカス家うちって貴族の割りに貧乏なんだからね!! 壊す系は本当にやめて!!

 あーぁ、バイトするかな。教科書代で貯めてたお小遣いもないもんなぁ。って言うか、校則的にバイトOKだっけ?

 まぁ、ダメなら殿下に何とかしてもらおう)


 いじめられている割に呑気に構えていたリリアンヌだが、その日の体育の授業が終わって更衣室に着替えに戻った時から、そうも言っていられなくなる。



「あら? 何だか、騒がしいわね」

「どうしたんだろ? ねぇ、何かあったの?」


 そう言いながら、更衣室のドアをリリアンヌが開けば、騒がしかった室内は一転し、静まり返った。

 ご令嬢達から、気遣わしげな視線を向けられたリリアンヌは、部屋の中のペンキ臭さに顔をしかめる。


 そして、自身のロッカーから赤い液体がこぼれ落ちているのを見た。


「えっ?」


 リリアンヌの小さな声が響き、イザベルは目を見開いた。そして、ペンキが手に付くのもいとわずにロッカーへと手をかけると躊躇ためらいもなく開けた。


 そこにあったのは、制服だったもの。切り刻まれてはいなかったものの、血のような真っ赤なペンキがかけられている。


 (いやいやいや。えっ? 嘘でしょ? ここまでやる?

 上履きで2万ルドだよ?制服なんていくらすると思ってんの?)  ※1ルド=およそ1円


 リリアンヌはふらついたものの、足を踏ん張り立て直す。そして、イザベルの手を引いて更衣室を出て水道に行き、ペンキの付いたイザベルの手をぬるま湯で洗い流す。だが、全く落ちないことに顔をしかめた。


「ベルリン、汚れちゃったね。ごめん」


 どうにかイザベルの手についたペンキを落とそうと石鹸を使いリリアンヌは頑張るが、油性ペンキのため、なかなか落ちてくれない。


「リリー」

「ごめんね」

「リリー」

「本当にごめん」

「リリー」

「どうしよ……きれいにならない」

「リリー、大丈夫だから」


 必死になるあまり、リリアンヌの手にもペンキがついていく。それを気にすることなくイザベルの手を洗うリリアンヌをイザベルは止めた。


「こんなの、どうってことないわ。それより、リリーはいつから嫌がらせをされていたの?」


 静かだが、明らかに怒りを含んだ声色にリリアンヌはイザベルの目を見ることができない。


 (どこまで言う? 犯人は多分、新しくできた私をよく思ってない人達の派閥だろうけど。

 でも、ベルリンには知られたくない。こんな汚いものを綺麗なベルリンに見せちゃ駄目だ)


 前世では暗殺されかけ、呪いを日常的にかけられていたイザベルは、人の汚い部分には慣れっこなのだが、そんなことは知らないリリアンヌは、口をつぐむ。

 大切だからこそ、大好きだからこそ、知られたくない。そんなリリアンヌの行動をイザベルは勘違いした。


 (われは、そんなに頼りないかのぅ。それとも、口に出せぬほど辛い目に……)


 前世でやられた数多くの嫌がらせを思い出し、イザベルは小さく震えた。

 それをリリアンヌが受けてきたのか……、そう思うと自分がやられた時よりも泣きたい気持ちになった。だが、それと共に息もできないほどの強い感情に支配される。


 (犯人め、笑っていられるのも今のうちじゃ。死んだ方が良かったと後悔させてやるわ)


 悪役令嬢と呼ばれていた頃に持っていた強い感情。怒りや人を侮蔑ぶべつする気持ちがよみがえっていく。



「おーほほほほほほ……」


 悪いことを考えれば、無意識に出てしまう高笑いにリリアンヌは驚き、視線がかち合った。


「何で、高笑い? しかも、どうしてベルリンが驚いてるの?」

「何故か笑うつもりがなくても、変な笑い方をしてしまうことが時々あるのよ。とにかく、この件は私に任せて! 成敗してみせますわ!! おーほほほほほほ!!」


 再び出た高笑いにリリアンヌは嫌な予感しかしない。


「待って! 本当に大丈夫だから。自分でどうにかするから」


 必死になってイザベルを止めようとするリリアンヌだが、もうイザベルは止まらない。


 放課後には学園中にリリアンヌがいじめにあっていると噂が流されたことにより、ルイス、ローゼン、取り巻きーズにシュナイがイザベルによって招集しょうしゅうされた。

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