第33話 めげない令嬢、リリアンヌ



 感動的な雰囲気を見ていたリリアンヌは下を向いて唇を噛み締めた。


 (何で、何で、何で!? 何でこうなるのよ!! 私が主役の、私のための世界でしょ?

 それなのに、何で私がこんな目に遭うわけっ!!

 これも全部イザベルのせいなんだから)


 本当は今すぐにでも口を開きたい。だが、流石さすがのリリアンヌも今の状況で軽々しく口を開けるほど馬鹿ではなかった。


 そう、馬鹿ではなかったのだ。



「シュナイの罰は無かったんだからオレ達も処罰はなしだよな? ってことは、今まで通りルイスの側近候補ってことだろ?

 まったく、冗談が過ぎる。驚かせないでくれよ」


 ホッとした表情でメイスはルイスへと話しかける。彼等は従兄弟であり、幼い頃から親しくしてきた。

 だから、自身を本当に側近候補から外そうとルイスがしているなんて信じたくなかった。


 たちの悪い冗談として、処理したメイスはルイスからの冷めた視線にすら気が付かない。


 

「なぁ、ルイス。その面の下って実はイザベルじゃないんじゃないか?

 イザベルならルイスが婚約した頃からよく顔を会わせてたが、性悪だっただろ。こんなに国を想ったり、真面目なことを言うはずがない。

 影武者ってことはないか? 外してみた方がいいって」


 メイスの提案にイザベルは取られないようにとオカメを押さえた。


「ほら。顔を守るって絶対に怪しいって」


 そう言いながらイザベルへとメイスが手を伸ばすと、ルイスとシュナイが守るようにイザベルの前へと立ちはだかる。


「メイス、いけません!!」

「ダメだよぉ」


 ヒューラックとカミンの制止の声が響き、リリアンヌがメイスの腕にしがみついた。


 (シャクだけど、挽回のチャンスが来たってわけね。

 本当は顔をみんなの前でさらさせたかったけど、今じゃない。万が一、本物のイザベルで無傷だった場合、開始直後のバッドエンドっていう最悪な展開じゃない)


「メイス、嫌がる女の子にそんなことしちゃダメよ。イザベル様、嫌がってるじゃない」


 流石のメイスも自身の状況を理解したようだ。手を引っ込め、視線をさ迷わせた。


「冗談だよ、冗談。イザベル、悪かったな」


 その言葉にイザベルは何も返さなかった。そして、オカメはヒューラックとカミン、リリアンヌに向かって頭を下げた。


「庇ってくださって、ありがとうございました」


 今まで、ルイスにしか礼をしたことがないイザベルに頭を下げられたことで、ヒューラックとカミンは顔を見合わせた。


「イザベル嬢、どこか悪いのではありませんか?」

「そうだよ。ベルベルがオレらに礼を言うなんて、絶対に変だよぉ」


 失礼な物言いにルイスの機嫌が急降下していくのを感じ、リリアンヌは慌てて口を開いた。


「そんなことないよ。だって、イザベル様は下級貴族の私にも謝ってくださったのよ。

 きっと、変わろうと努力されているんだわ。そうですよね? イザベル様」


 小首を傾げたイザベルからの返事がくる前に決して大きくはない冷たいルイスの声がリリアンヌの鼓膜を震わせた。



「変わっても変わらなくても、イザベルが言うことが絶対だ。お前らがイザベルをとやかく言うな。……死にたいのか?」



 そう言ったルイスはしっかりとイザベルの耳を自身の手でふさぎ、周りには聞こえないよう声を落としている。冷静なその姿がいかにルイスが本気なのかを表していた。


 (ヤバい、ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい。

 本気だ。殺される。ヒロインなのに? でも、こいつの目はヤバい。

 でも、私はヒロインで愛されるべきで、愛されて当然の存在で……)


「ごっごめんなさい。そんなつもりじゃなかったんです」


 顔色悪くブルブルとリリアンヌは震えた。

 それとは正反対に、オカメの下のイザベルの顔はリンゴのように真っ赤になっている。



「ルイス様、離して……」


 イザベルの耳を押さえていたルイスの手に触れてささやくように言うイザベルの姿にルイスは表情を緩めて、イザベルへの愛しさを隠しもせず甘い視線を向ける。


「耳まで真っ赤にして可愛い」


 優しくオカメを撫でるルイスの異様さに野次馬をしていた生徒達は顔を引きつらせたり、視線を反らしたりした。


 リリアンヌはまた目をつけられぬように視線を下げたまま拳を握りしめた。



 (……全部、イザベルのせいだ。

 あいつがきちんと悪役令嬢をやらないから。あいつのせいで、ヒロインの私がこんな目に合わされてるんだ。

 悪役令嬢の分際ぶんざいで!! 許さない、絶対に許さないから)


 

 けれど、この状況を打破だはするにはイザベルの協力が不可欠であることもリリアンヌは理解していた。

 リリアンヌは意識的に息を深く吐いて気持ちを落ち着け、自分にとってプラスに状況を変えようと考える。


 

 (……認めたくないけど、今のルイスはイザベルが好き。

 だから、ルイスを攻略するにはイザベルに近付くのが一番。

 私が今取り入らなければならないのはルイスじゃなくて、イザベルだわ。それで、怒らせないようにルイスへのアプローチもしよう)



「イザベル様。イザベル様のことを知ったような口をいて、ごめんなさい。私、仲良くなりたかっただけなんです。

 でも、私みたいな身分の低い人とはやっぱりイヤですよね……」

「そんなことはありませ──」


「本当ですか! 嬉しいです!! 私のことはリリーって呼んでくださいね。私もその……イザベルって呼んでもい──」

「良いわけがないだろ」


 イザベルと距離を詰めようとしたリリアンヌは、ルイスにはばまれた。

 だが、チャンスとばかりに少し頬をふくらませてルイスを見る。


「ルイス殿下に言ったんじゃありません。イザベル様に聞いたんです!!

 私の友達のメイスとヒューラックヒューとカミンを側近候補から外すなんてひどい人の許可なんていりませんよーだ。

 ねっ、イザベル様!!」



 (どうだっ! 今までチヤホヤされてきた皇太子にとって、目の前で言い返すなんて新鮮でしょっ。興味湧いた?

 もしかして、「面白い女だ」なんて言われて恋がはじまっちゃう!?)


 なんてことは当然なく、ゴミを見るような視線をリリアンヌは向けられた。

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