第26話 イザベル、被る


 まずはルイスからの手紙をイザベルは開く。観劇の後から甘い言葉がずいぶんと減ったおかげで安心して手紙を開ける。


 それは、イザベルの心安らげる人が好みという話と、急いで近付けば逆効果だと認識した結果なだけで、微塵もイザベルを諦めていないのだが、そんなことを知らないイザベルは頬を緩ませる。


「このまま行けば、婚約解消もスムーズにできそうね」


 ミーアが居れば「それはイザベル様の気のせいです」ときっぱり言うが、残念ながらツッコミ不在なため、誰もイザベルの勘違いを訂正する者はいない。



 手紙を読むと、学園の正門までルイスが迎えに来てくれると書かれていた。

 ご丁寧に一月入学が遅れたイザベルに学園の案内と教員へ挨拶あいさつに行く手助けをしたい旨が記されており、イザベルはルイスの親切心に感銘を受けた。


 (われが広い学園で迷わぬように配慮してくださるとは、ルイス様は何と臣下想いの方なのじゃ!)


 ミーアさえ、ミーアさえいれば、「婚約者として周りを牽制けんせいするためです! 婚約解消をしたいのならば、親切心に見せかけた執着心をお断りなさった方がよろしいかと……」と適切なアドバイスが聞けたはずなのに、肝心のミーアは今頃屋敷でイザベルの部屋の掃除の真っ最中である。


 ルイスは屋敷まで迎えに行こうとすれば断られ、手紙を早く出しミーアが内容を知れば的確なアドバイスをすると分かった上で、家を出るタイミングで手紙をイザベルに渡すようにと数日前からマッカート公爵家に圧力をかけて言付ことづけていたのだ。


 まさに、ルイスの執着心の勝利である。



 そんなこと、気が付きもしない恋愛ポンコツ勢のイザベルは親切心と片付けた。



 リリアンヌとルイスがいい仲と学園内で噂されている今、リリアンヌをヒロイン、イザベルを悪役とする恋物語を応援する者が大多数。

 只でさえ評判の悪かったイザベルは入学式しか出席していないにも関わらず悪い意味で注目の的だ。


 ルイスといれば更に注目を浴びることは少し考えれば分かりそうなものだが、観劇で注目された時もルイスが見られているだけだというミーアの言葉を信じきったイザベルは、自分自身が注目されるなど少しも思っていない。


 これなら学園についてから、迷うことはないとポンコツイザベルは安心し、兄のユナイから届いた論文か何かかと疑うほどの厚さの手紙を手に取った。



 そこには、イザベルへの説教が8割、正気に戻ったことの安堵が1割、イザベルのこれからを心配する言葉が1割といった感じで書かれていた。


「私の被害者については何も書かれてなかったわね……」


 イザベル自身も記憶を思い返したり、両親に聞いたり、ミーアと一緒に調べたりしていたが、全ての被害者を追うことはできなかった。


 それどころか、人数が多いため経緯は覚えていても相手の顔と名前が分からないことすらある。

 そもそも全く思い出せていない人がいてもおかしくない……とすらイザベルは思った。


 (まずは周りの信頼を得るようにと書かれておるが、少しでも早く償うべきではないじゃろうか。

 しかし、われがいきなり行動しても相手に信じてもらえず、また酷い目に合わされると思われる……というのも分かるしのう。

 ここは兄上の言うとおり、人畜無害になったと周囲に認識してもらうのが先かのう……)



 ユナイの言うことを聞くことに決めたイザベルを乗せた馬車は、アリストクラット学園へと到着する。


 イザベルは御者ぎょしゃが扉を開く前に素早く例のものを装着した。

 そして、馬車のドアを開け固まってしまった御者を横目に一人で馬車からヒラリと降りた。


 (うむ。これの美しさに心を奪われて固まってしもうたか)


 全くの見当違いなのだが、イザベルは自身の顔を覆い隠しているお面を誇らしく思う。



 マッカート公爵家の馬車から、変な面をした令嬢らしき人物が出てきたことに、周囲を震撼しんかんさせたイザベルは、ルイスが既に来ているか周囲を見渡したのであった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る