第22話 デートに行こう3


「えぇっと……。殿下は殿下ですし……」

「でも、名前で呼んでただろ?」

「そうでしたかしら?」

「そうだよ。ほら、呼んでみて」


 有無を言わさない雰囲気にイザベルは視線をさまよわせた。


 (むっ、無理じゃ! 帝のことも名で呼んだことなどなかったというに。おそれ多い上に、要求が高過ぎじゃ)


 だが、断れそうもない。馬車の中で逃げ場がない上に、ルイスは明らかに呼ばれ待ちだ。


 (えぇいっっ! どうにでもなれ!!)


 イザベルは腹をくくりつつも、誤魔化されてくれることを願う。



「……ルイス皇太子殿下」

「違う」


「ルイス殿下」

「違う」


「ルイス様っっ」

「おしい。あとちょっと!!」


「えっ?」

「ん?」


 イザベルとルイスの視線が交わる。確かに名前で呼んだのに「おしい」と言われたイザベルの頭は疑問でいっぱいだ。


「ルイス……様?」

「様はいらない。ルイスって呼んで」


 ぱちぱちとイザベルの長いまつげが瞬きを繰り返す。そして、意味を理解した瞬間、ぶわっと血が沸騰した。



「めっめめめめ滅相めっそうもございませんわーーー」


 首をぶんぶんと振りながら答える。


 (無理無理無理無理!! 名を呼びすてるなど破廉恥はれんちじゃ!! 破廉恥のみならず、不敬じゃ!!

 ……不敬?…………ぁ、危うかった。一族打ち首になってしまうところじゃった)


 赤くなったり青くなったりと忙しいイザベルにルイスは小さく笑うが、必死のイザベルは気が付かない。



 (こんなに色々な表情かおが小夜にもできたんだな。……イザベルになってからの影響も大きいか。


 はぁ……。イザベル可愛い。今日の演目をラブロマンスにしないで本当に良かった。

 前から俺のイザベルなのに、恋慕を抱く糞共くそどもがいたが、今のイザベルをみたら、急増どころか世界中の男に恋慕されてしまう。


 学園復帰までに対策を考えないとな。とりあえず、今日は子連れか来ても入学前のガキが大半だ。それでも、目を光らせておかなないとな……)

 


 未だにおろおろとしているイザベルの髪にルイスは口付ける。



「早く呼び捨てられるようになって。待ってるから」

「ヒッッ」


 甘い雰囲気になると思いきや、イザベルの顔は血の気を失い、まさに顔面蒼白。


「さらし首はお許しくださいませぇぇぇぇぇぇ!!」


 叫んだイザベルに、流石のルイスも固まった。だが、すぐに復活し、ガタガタと震えるイザベルの肩に腕を回し、どさくさに紛れて抱きしめる。


「そんなことするわけないだろ。どうしてそう思った?」


 (突拍子もないイザベルも可愛い。

 肩細いし、柔らかいし。あぁ、いい匂いだ。なんで、こんなに甘いんだろう。

 はあぁぁぁぁ。可愛い可愛い可愛い可愛い……)


 イザベルの頭の匂いをバレないようにかぎながらも、優しい声で話しかける変態皇太子に気が付くものはいない。


 経緯を一生懸命に話すイザベルの柔らかさと匂いを堪能できたルイスは非常にご機嫌であった。





 話しているうちにルイスがそんなことをしないと確信を得られたイザベルは、ふと自分のおかれている状況を理解した。


 (あれ? われ、抱き締められとる?)



「離っっ、離してくださいぃぃぃぃ。後生ですわぁぁぁ」


 ぐいぐいとルイスの胸を押すがびくともしない。


「もう少し抱き締めていたいんだけど、駄目か?」

「お許しくださいませ」


 イザベルの拒否とともにルイスの腕の力がゆるむ。


「残念」


 耳元でささやかれ、イザベルは右耳を素早く隠す。


「おたわむれは止してくださいまし」


 蚊の鳴くような声が出た。それも恥ずかしくてイザベルは劇場につくまで顔をあげることができなかった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る