第21話 デートに行こう2


 デート当日、2日間の猶予ゆうよがあったことで、イザベルは冷静さを取り戻していた。


 (もしかしなくとも、でぇとには行ってはならなかったんじゃ。許嫁をすり辛くなってしもうた。

 じゃが、約束をたがえるのものぅ……)


 小さな後悔と、前世の記憶が戻ってから初めての観劇への興味、家を出ることで他者の視界に入る恐怖。

 そして、一番の問題は贈られたドレスであった。



 マキシ丈のホルターネックの藤色のドレスは、肩の露出が美しいもので、チュール素材を使った胸元の透け感で重くない印象を与えながらも、胸元の露出を控えてくれている。


 世間の流行りからみても、以前のイザベルのドレスを思い返してみても、ルイスが今のイザベルに配慮してくれているのは明らかだった。



「ねぇ。やっぱり露出のし過ぎじゃないかしら?」


 華奢な白い肩を気にしながら言うイザベルにミーアは首を横に振る。


「いいえ。むしろ露出が少な目かと。

 これ以上露出を抑えますと悪い意味で目立ちますよ」


 (まぁ、何を着ようがイザベル様の美貌なら注目間違いないですけどね)


 心の中でそう付け加えながらもミーアはイザベルが覚悟を決めるのを待った。


 イザベルは目立つことを嫌がる……というか、顔をなるべく見られたくないと思っているため、ミーアの『悪い意味で目立つ』という言葉は非常に効果的だった。




「いってらっしゃいませ」


 ルイスにエスコートされて涙眼になるイザベルをミーアは見送った。


 離れていく馬車を見送りながら、イザベルを思い浮かべて、ミーアも涙で視界が歪んだ。


 (手紙で鼻血を出して、おでこのキスで白目を剥いていたのに、ご立派になられて……)


 つい2週間前のことをミーアは懐かしみ、娘が嫁に行く母のような気持ちになったのであった。





 一方、馬車の中の二人はというと、ルイスの視線に耐えられなくなったイザベルは半泣きであった。

 馬車に乗ってからというもの、触れられはしないものの、イザベルは熱い視線を浴び続けていた。


 (はぁ……。イザベル可愛い。綺麗。可愛い。綺麗……。ああっっ!! そんな言葉じゃない足りないし、言い表せない!!

 それに、俺の色をまとってくれてるなんて、夢だろうか)


 自分で贈ったにも関わらず、イザベルの姿に感激し、ルイスは恍惚な表情を浮かべた。

 そんなルイスの胸元にも、翡翠に金のチェーンがついたラペルピンが輝いており、相思相愛な恋人を演出している。


「ドレス、似合ってる。綺麗だ。着てきてくれてありがとう」


 優しく手を取り微笑む姿は、正に理想の王子様。改め、皇太子様だ。

 けれど、イザベルは負けなかった。デートが決まってからの2日間、ミーアと共にルイスの姿絵を見て耐性をつける努力をしてきたのだ。


「こちらこそ、素敵なドレスを贈っていただきありがとうございます。その……殿下も素敵ですわ」


 最後の方は耳を澄まさなければ聞こえないほどではあったが、確実に成長を見せたイザベルは、言い切れたことに安堵してふにゃりと笑う。


 (ぐぅぅ……、かわいい)


 その姿にルイスは悶絶もんぜつし、今日の観劇への警戒レベルを上げる。



 今日、見る予定の劇は伝説のユニコーンを追いかける少年と仲間達との絆の冒険物語。

 あまり令嬢達に人気はなく、どちらかというと少年に支持されている内容だ。


 だが、ルイスは前世で小夜は陰陽師と妖怪との戦いの話を前のめりで聞いていたのを知っていた。

 ならば流行りのラブロマンスではなく、こちらの方が喜ぶのでは……と最終が夜ではなく、夕方に終わる冒険物語に決めたのだ。



「今日の観劇、楽しみですわね。原作となるこの本を読んでからというもの、想像が膨らんでしまって……」


 今日のためにと貰ったドレスと共に、贈られてきた文庫サイズの本をイザベルはバッグから出した。


 それを受け取ったルイスは開き跡がついているページに気が付く。開けば、そのページは見開きでユニコーンと少年の挿し絵が描かれていた。


「私、そのシーンが大好きで、何度も挿し絵を見てしまいましたの」


 前世では見られなかった満面の笑みと饒舌じょうぜつに語る姿に、ルイスは穏やかな笑みを浮かべる。


「その小説は、続編があるんだ。ドラゴンや白虎といった伝説の生き物を探して旅に出るんだよ」

「そうなのですね! 帰ったらミーアと買いに行く相談をしないと!

 殿下、素敵な情報を感謝いたしますわ」


 目を輝かせて嬉しそうに言うイザベルは可愛いが、ミーアが出てきたことがルイスは気に入らない。

 そして、それ以上に気に入らないことは──。


「なぁ、イザベル。いつまで俺を殿下って呼ぶんだ?」


 イザベルが名前を呼んでくれないことだ。


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