第17話 イザベル至上主義



「ルイス殿下。どうか私と婚約解消をして頂けませんか?」


 その言葉にルイスは息を呑んだ。だが、反射のように言葉が飛び出した。


「断る!!」


 大きな声が出た。そのことにイザベルは目を丸くしてルイスを見詰めた。しかし、イザベルも負けることなく口を開く。


「断られることを、お断り致しますわ」


 暫しの沈黙。少しの間、探るように互いに見ていたがイザベルが先に目をらした。



「婚約解消した方がお互いのためになりますもの。私と婚約するよりも、他の方とされた方が殿下のためになるでしょう」

「それは、どういう意味だ?」

「言葉通りの意味ですわ。ご存知の通り、私の評判は悪いですから」



 (なんだそれは。まるで俺のためみたいに言ってるが、俺の気持ちなんて何も考えていないじゃないか)



「だから? 俺はイザベルの評判なんてどうでもいい」


「でも、私は見た目もこんなですし……」

「イザベルは可愛い」

「性格も悪く……」

「悪くない。イザベルは最高だ」

「……とにかく! 私は相応しくないんですわ!」

「相応しいとか、相応しくないなんて、どうでもいい。俺がイザベルといたいんだ」



 (何故じゃ。ルイス殿下はわれと婚約破棄をしたいはずじゃろ?

 それに、われは権力とは無縁に生きていきたい。呪われるのも、命を狙われるのも、もう嫌じゃ……)



「それでも、私は……」



 その後の言葉がなかなか出ない。ルイスの傷ついたような表情に言葉が詰まる。

 イザベルはどうにか声を絞り出した。



「お願いします。婚約解消をしてください」



 ルイスの表情に、イザベルは息苦しさを感じた。それでも、撤回てっかいすることはない。



「……それは、できない。俺のことがそんなに嫌いか?」


 イザベルよりも弱々しいルイスの声が鼓膜を揺する。


 (嫌いなわけない。イザベルはルイス殿下をお慕いしておったし、われもルイス殿下が良い人なのを知っておる。

 じゃが、われは自由に生きたい)


「……私には、后妃は務まりませんわ」

「務まるかなんて聞いてない。俺が嫌いか聞いているんだ」


 (ここで嫌いだと言うべきなのは分かっておる。けれど、それで良いのか。

 われが嫌なのは……)



「ルイス殿下ではなく、権力が嫌なのです」

「……分かった。少しの間待っていてくれ。すぐに片付ける」



 まるで世間話のように軽くルイスは言ったが、イザベルはその言葉に引っ掛かりを覚えた。



「お待ちください。何を片付けるのですか?」

「イザベルが気にすることではない」


 (何じゃ? ものすごい嫌な予感しかせぬ。われの予感が当たっているとしたら……)


「まさか、皇太子を辞めようなんて思ってらっしゃいませんよね?」


 そんな馬鹿な話があるわけない。そう思っても、不安が払拭ふっしょくしきれない。


「ん? なんだ、分かってたのか。

 イザベル、帝国では廃嫡はいちゃくしても色々と煩わしいことが多い。俺と他国で共に暮らそう」


 驚くほど簡単にルイスは言い切った。もし、これを皇帝が聞けば卒倒したことだろう。

 そして、イザベルも卒倒はしなかったものの、倒れてしまいたかった。



「なりませんわ!!」


 皇太子相手に強く言ったことはこの際、許してもらいたい。それくらいあり得ないことをルイスは言ったのだ。

 イザベルが冷や汗を大量にかいているのに対し、ルイスは楽しそうだ。



「大丈夫だ。俺には弟も妹もいる」



 一体何が大丈夫なのか。確かに弟も妹もいるのは事実だが、後継者はルイス。

 大丈夫も何も、何一つ大丈夫なんてことはない。



「そんな心配そうな顔をするな。二人とも念のため後継者教育を受けているし、父上が務まるくらいだ。どうにかなるだろう」



 責任感を微塵も感じさせないうえに失礼極まりない言葉は、本当に国のことなどどうでもいいと思っているように聞こえる。


 実際、ルイスがきちんと仕事をして自身の評判を上げていたのはイザベルに変な虫がつかないように威嚇いかくする一つの手段として行ってきたのだ。


 皇帝になるのだって、イザベルを他の男に取られないようにする防波堤ぼうはていくらいにしか思っていない。

 皇帝が防波堤として役に立つ身分だから国民が暮らしやすいようにし、国民を大切にしようとしている。それだけの理由だ。



「イザベルが后妃に興味がないのなら、俺にとっても皇帝になることは無意味だ」



 どこまでもイザベル至上主義なルイスであった。



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