第10話 イザベル、疑われる


 イザベルが目を覚ますと、部屋の中はわずかな明かりのみで暗かった。

 時計を見れば夜中の三時。メイドを呼ぶには非常識な時間だろう。


 鼻血を出して気絶する前と比べ、小夜とイザベルの記憶が上手く統合したからなのか、何を考えるわけでもなくイザベルは自然と部屋の明かりをつけた。


 そして、電気の光を受けて虹色に輝く薔薇を眺める。


(ルイス殿下は、われを好いておるのだろうか……)


 今度は、鼻血は出なかったもののルイスからもらった手紙を思い出してイザベルは頬を染めた。


 前世でもイザベルは最高権力者である帝の許嫁だった。そして、今世でも。

 これは運命さだめなのだろうか。


(そういえば、帝から愛をささやかれたことはなかったのぅ。政略的なものが大きかったのじゃから、当然か……。

 それでも、イザベルは愛を告げられておる。われは、他者イザベルの幸せを奪っておるのだろう。

 ルイス殿下もイザベルでなくなったわれを見てどう思うのじゃろうか)


 正確には前世の記憶を思い出したのであって、小夜はイザベルだ。だから、罪悪感を抱く必要はないのかも知れない。

 それでも、前世の記憶に感情を引っ張られているイザベルは申し訳ない気持ちでいっぱいだった。



 そんな気持ちのまま朝を迎えたイザベルは、一通の手紙をミーアに差し出した。


「これを、城へ届けて欲しいの」


 そこには、具合が悪いためしばらく会えないこと。忙しいだろうから、無理に会いに来ず、少しでも休んで欲しい旨が書かれていた。


「届けるのは構いませんが、既にルイス皇太子殿下は応接間でイザベル様のお支度が終わるのをお待ちになっております」

「……えっ?」

「早朝に殿下が参られまして、本日は学園を欠席し、イザベル様と一日過ごしたいと公爵様の許可を取られておりました」


 唖然あぜんとするイザベルに対して、ミーアは困り顔だ。


「何のために?」

「イザベル様と過ごされるためでしょう」

「どうして?」

「イザベル様を愛していらっしゃるからかと」

「お仕事は?」

「優秀なお方ですから、全て済ましてこられたのではないでしょうか」


 少しの沈黙が流れる。その間にもミーアはせっせとイザベルの髪をく。


「会わないわけには……」

「難しいかと」


 がっくりと肩を落とす主にミーアは首を捻る。いつもルイスが訪問すると喜んでいたのに、と。


「お会いしたくないのですか?」

「そういう訳じゃないのだけど……」


(やっぱり変だわ。話し方も雰囲気も。何より殿下に会いたがらないイザベル様なんて、イザベル様じゃないわ。

 ……イザベル様のふりをした別人?)


 一瞬そんなことが浮かんだが、ミーアは馬鹿馬鹿しいとすぐにその考えを打ち消した。



「せめて、顔が見えないように会うことはできないかしら……」

「はい!?」


 一体何をイザベルは言っているのかミーアには理解できなかった。


 

 イザベルは誰もが認める美少女だ。

 美しい白い肌、小さな顔に、ハッキリとした目鼻立ち。スタイルも申し分なく、手足はすらりと長い。波打つブロンドの髪は美しく、少しつり上がった翡翠色の瞳は魅惑的だ。

 イザベルの性格が悪いと知っていても、彼女が微笑めば大概の男性は落ちる。


 一体、何が不満なのだろうか。



「イザベル様ほどお美しい方は帝国……いえ、世界中を探してもいらっしゃらないでしょう。

 そんなイザベル様の美貌を見れないと殿下も悲しまれますよ」


 イザベルは否定も肯定もしなかったが、表情は暗いままだ。


「ミーア、今日は髪をまとめてくれる? あと、服装はシンプルで露出の少ないものをお願い。色も派手なものは嫌だわ」

「……畏まりました」


(分かっていたけど、変すぎる。会話ができるってすごく助かるし、お小遣いまでくれるからラッキーって思ったけど、ここまで違うと心配になるレベルだわ。

 すぐにでもメイド長に報告しなくちゃ)


 ミーアは心の中で決意すると、イザベルの身支度を整えていった。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る