第8話 イザベル、鼻血を出す


「イザベル様、戻りました」


 部屋へと入ってきたミーアに、イザベルは小さく頷いた。


「おかえりなさい。早かったわね。美味しいものでも食べてゆっくりしてくれば良かったのに。

 ……ミーア、そのお花は?」


 戻ってきたミーアの手には虹色の薔薇があった。前世と今世を合わせても見たことがない美しい薔薇の花にイザベルの視線は自然と吸い寄せられる。


「これは……、皇太子殿下からになります。先程、届きまして……。その、イザベル様へのお手紙も預かっております」


 それは、ルイスがイザベルの元へとこれないことを意味していた。部屋のなかは異様な空気に包まれた。


 イザベルが変わったのではという期待。今までのように憤慨し、ミーアにやつあたりをするのではないか、ルイスを呼べと騒ぐのではないかという不安。

 皆が息をんでイザベルを見守った。


「あら、そうなのね。

 ミーア、帰ってきたばかりで悪いけれどその美しい薔薇を飾ってくれるかしら?」


 ミーアから手紙を受け取りながら、あまりにイザベルが普通のことのように言うものだから、皆一様に安堵の息を吐き出した。



「お嬢様、目が覚めたばかりなのですから、ご無理はくれぐれもなされないでくださいね」

「そうよ。そろそろシェフがお腹に優しい食事を用意し終わる頃でしょうから、食べたら寝るのよ」

「頭もまだぼんやりするのだろう? 長居をして悪かったね。ミーア、イザベルをよろしく頼むよ」


 医師と両親はイザベルにゆっくり休むようにと念を押して部屋から出ていった。



 急に静かになった部屋で、イザベルは手紙を開く。

 そこには、イザベルが目を覚ましたことへの喜びと、体調を心配していること。来れないことへの謝罪。


 そして、イザベルへの愛が書かれていた。


(ひょえぇぇぇぇ!! 愛するイザベル、じゃと? 今すぐに会いたい!? キスしたい!? イザベルだけを愛している!!??

 何なのじゃ。何なのじゃーーっっ!!!!)


 茹で上がったかのように全身を真っ赤に染め、イザベルはベッドに沈んだ。

 心臓の音が頭まで響き、手紙の強烈な内容が頭のなかでグルグルと踊っている。


 記憶が戻る前までのイザベルは、その言葉に頬を染めることはあれど、言われ慣れていた。

 だが、平安乙女のハートになったイザベルにはいささか刺激が強すぎた。


 ツーっと何かが鼻からポタポタと落ちていく。


「イザベル様、鼻血っ!!」


 花瓶を抱えて戻ってきたミーアの慌てた声が聞こえたが、イザベルの意識はプツリ……と途切れたのであった。




 

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