第一章 前世を思い出した悪役令嬢は、皇太子の執着に気が付かない

第1話 悪役令嬢降臨


「おーほほほほほっ」


 高く高く響き渡る声。深紅のドレスをまとう彼女の周りには、大勢の子息と子女がいた。

 皆、彼女の機嫌を取ることに必死である。機嫌を損ねてしまえば、次に彼女の標的にされるのは自分かもしれないからだ。


 中心にいる人物の名前はイザベル・マッカート。

 マッカート公爵の娘で、ここファビリアス帝国の皇太子であるルイスの婚約者でもある。



 今日は、アリストクラット学園の入学祝賀パーティーが開かれている。


 学園内にある舞踏会用に建築されたロココ調のホールには、今年入学した生徒達が集まっている。

 そんななか、ルイスのエスコートで建物へ続く大理石の階段を上がり、皆の注目を浴びながら入場してきたイザベルはご機嫌だ。


「今日もイザベルは可愛いな。あまり可愛い姿を他の者に見せないでくれ」


 ルイスの甘い言葉を思い出し、イザベルは口元をおうぎで隠して小さく笑う。


 その表情は柔らかく、とても悪役令嬢とは思えないものだが、それに気が付く者はいない。

 いや、正確にはルイスだけは気が付いているものの、パーティーの挨拶あいさつをするために席を外しているため、この場にはいないのだ。



 取り巻き達に囲まれながら上機嫌で過ごしているイザベルだったが、許しがたいものが目に入った。


 自身と同じ深紅色のドレスを着た令嬢がいたのだ。

 この色は初めてルイスとイザベルが出会った時にイザベルがまとっていた色で、ルイスが似合っていると褒めてくれた思い出の色だ。

 イザベルはその思い出を大切にし、ルイスと出席するパーティーではいつも深紅を纏う。


 最初は自身が深紅のドレスを纏うことで満足していたイザベルだったが、そのうちに他者が深紅のドレスを着ることが許せなくなった。

 初めはマッカート公爵家のパーティーで深紅のドレスを着た令嬢に嫌味を言うだけだったが、どんどんエスカレートし、今や深紅のドレスを着れば社交界から追放するほどになっていた。


 当然のようにイザベルはその令嬢へと近付く。



「ちょっとそこの貴女あなた!」


(私の色を纏うなんて! この色はね、私とルイス様の思い出なんだから!!)


「えっと……、私のことですか?」



 そう言って振り向いた令嬢は、深紅がとても似合っていなかった。それよりも淡い可愛らしい色が似合いそうな可憐かれんな容姿をしている。


 桃色の髪は肩で切り揃えられて内側にくるんと巻かれており、驚いて真ん丸に開かれた黄金の瞳はキラキラと輝いている。



 戸惑った様子の彼女にイザベルは憎悪の視線を向けた。



「貴女、お名前を教えてくださる? 一度もお見かけしたことがないのだけれど、どこの田舎者かしら」


 フンッ、とバカにしたように鼻でイザベルが笑えば、取り巻きたちもクスクスと笑う。

 桃色の髪をした彼女はキョトンとした表情でイザベルを見た後に、困ったように笑った。



「えっと……、リリアンヌ・フォーカスと言います。あなたは?」

「貴女、私を知らないとおっしゃるの?」

「ごめんなさい。教えてもらえると嬉しいんだけど……」


(馬鹿にして!!)


 イザベルは置いてあったブドウジュースのグラスを手に取るとリリアンヌの頭からかけた。


 そしてグラスを床へと投げつけると大きめの破片はへんを手にし、自身の手が傷つくことをいとわずにリリアンヌの方へと向ける。


「そんなことしたら、危ないよ!」


 頭からジュースをかけられ、ガラスの破片と云えど悪意を持って自身に向けられているにも関わらず、リリアンヌはイザベルの心配をするような言葉をかけた。

 そのことが、イザベルを更に苛立いらだたせていく。 


(フォーカス家なんてただの田舎者の子爵家のくせに!)


 苛立ちのあまり、握りしめた手にはグラスの破片が刺さり、血がボタボタと落ちる。


 イザベルが腕を振り上げたその時──。


「そこで何をしている!」


 ルイスの声が響いた。



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