第8話 あの触手責めは音速だった

本来居るはずのないゾンビ

まだウイルスが自己進化するはずがない今現在、俺の目の前には顔から4本の触手を生やしたゾンビがいた。


生前はどんな顔だったのかも分からない


顔から生えている触手は、謎の粘液を分泌しながらウネウネと震えている。


キモイ、とても気色悪い。


二本の触手の先端には鋭い鎌のような刃が、もう二本の触手には針のようなものがついていた。


しばらく睨み合っているが、なかなか攻撃してこない。ただじっと俺達の方を向いている。


友好的という可能性はないので、音などの視界以外に反応する可能性がたかい。


さっきまで出血していた一葉を襲いに行かないあたり、聴覚が優れたタイプだと俺は予想した。


実際血がこびり付いたワイシャツを着たままの一葉からは、血の匂いがかなりする。


肌に着いていた血は体に吸収されたが、さすがに服に付いた血までは回収出来なかったのだろう。


俺は試しに適当な物を投げる。


投げられたものは、小さめの消しゴムだ。消しゴムはそのまま放物線をえがきながら、地面に落ちた。


その瞬間、今まで全く動かなかった変異ゾンビの触手が動き、消しゴムは2度目のバウンドをすることなく細々に切り裂かれた。


「……ッ!」


俺は唖然と息を飲む。

速すぎる


鞭のようにしなる触手は、ソニックブームを発生させながら、消しゴムを切り刻んだ。


ソニックブームが発生すると言うことは、少なくとも音速で空気を叩いた事になる。


俺の耳には未だに甲高い炸裂音が耳に残った。


あんなので攻撃されれば死ぬどころか、原型を留めることすら難しいだろう。


逃げ一択だ


足音をたてぬように、ゆっくりと一葉のもとに向かった。


たった数歩の距離が無限に感じる。

やっとの思いで一葉の前にたどり着いた俺は、一葉の臍が俺の首に来るようにして抱える。


人間1人分の重さなので、なかなかの重さを予想していたが、言うほど重くなかった。


さて、ここからが正念場だ。

ここから窓枠を越えてベランダに行き、旧校舎へ続く屋根に飛び乗る必要がある。


ベランダから屋根までの高さは約1mほどだ。


いざ飛び乗るべく、一葉を抱えながら屋根を見据える。


「……ッ!!」


そこで俺は息を飲む


(トタン屋根だと?!)


トタン屋根…鉄と亜鉛の合金で造られた屋根


よく体育館に続く道の屋根や、小さめの倉庫の屋根、さらには昔の家などでも使われた屋根だ。


コスパが良く軽い反面、錆びやすく雨などでうるさい。


目の前の屋根は完全に錆びている。

音を出さずに降りるのはまず不可能。


俺1人ならまだしも、一葉を抱えて降りるのは絶対に無理だ。


とりあえず俺は一葉をベランダの床に降ろす。すこし汚いが、許して欲しい。


一瞬見捨てるという選択肢がうかぶが、俺はその考えを無理やり振り払った。


見逃す訳には行かない、精一杯頑張って体を張った奴が死ぬなんて、報われない所の話じゃないだろ?


覚悟決めろよ、俺!!


二本の包丁を抜く


使えるものは全部使ってやる!

生憎この部屋は机も、カバンも、イスも…筆箱だって腐るほどあるのだから!


相手は4本の触手を、鞭のようにして攻撃してくる、ならば接近あるのみだ。

鞭は先端になるほど速度を増し、威力も増加する。しかし逆に、根元に近づくほど速度は遅くなる。


そのため殺るなら接近戦だ。


さらにやつの触手は、4本中二本は貫通性はあるものの、鞭として使うのなら針は打撃にしかならない。


もしも先端が本物の鞭のように細かったなら、それだけで斬撃にも勝るほどの威力があったはずだ。


しかし奴の触手は均一の太さである。

針なら死なない


本音を言えばゆっくり近づいて、包丁でグサッと行くのが理想


しかし悲しきかな、変異ゾンビは大抵クソ硬い。


助走を付けて、全体重乗っけての神風特攻タックルで、やっと皮膚に刺さる程度だろう。


俺は黒の剣士でもなければ、どこぞのワンパンヒーローでもない。


迫り来る触手攻撃を捌くのは不可能だ。

準備しよう、廊下側のゾンビはいつの間にか死んでいる。

変異ゾンビの仕業だろう。

アレには敵味方の区別はないのだ。

音を出したヤツ絶対殺すマンなのだ。

つまり!


音を立てなければ時間はいくらでも湧いてくる。


だから…俺は入念に準備をした。

音を出さないように入念に…

もはやピタゴラスイッチと言っていい程の、騒音装置。


準備は整った。


決戦の時だ!



俺は全力で駆け出した。

足が地面につく瞬間に、筆箱の中身をぶちまける。カラカラと散乱した鉛筆やシャープペンなとが、床に転がり音をだす。


それに反応したゾンビは4本の触手で切り裂き、叩き潰した。

俺は待ってましたとばかりに修正テープで作った紐を引っ張る。


チョーク箱が落っこちた。


またもやそれに反応したゾンビは、箱を切る。


当然切れた箱からチョークが散乱し、床に落ちた。


奏でられたチョークの合唱に、ゾンビの反応が遅れた。


やっぱりだ


奴は1番音を出したものから優先して攻撃する、そのため沢山の物が一斉に音をたてると、その判断が遅れるのだ。


触手が動き出した


そこで俺は設置しておいた机タワーを蹴飛ばした。


バランスを崩した机タワーは、変異ゾンビ目掛けて倒れ始め、大きな音をたてながら変異ゾンビにぶつかった。


触手で吹き飛ばそうとしたゾンビだったが、伸びきった触手が机に挟まれ、上手くいかない。


俺は最後の仕掛けを作動した。


部屋中に貼られたものは、修正テープ。

クラス中の筆箱からかき集めた修正テープを、1個1個分解し、部屋中に張り巡らせたのだ。


それらは部屋の落ちそうなものにくっ付いており、中央で交差している。

そう、まるで蜘蛛の巣のようだ。


俺はそれを踏みつける。

同時に一斉に物が落ちた。


修正テープの紐で引っ張れるものは限られている。


粘着力はないので、わざわざ縛った。

落ちやすいように配置も工夫した。


1つの仕掛けが作動する。

ゾンビパニックが発生して時間が浅い、今しか出来ない事。


電気だ


カチッと小さい音がなる。しかしその音は物が落ちる音にかき消された。


スイッチが入る


同時にモーターのうるさい吸引音が鳴り響いた。


黒板消しを掃除する機械こと、黒板消しクリーナー様だ。

奴の五月蝿さは伊達じゃない。

機嫌が悪い時に聞こえればブチ切れ案件、なんでもない時も、その騒音は人を不快にさせる。


まさに騒音のプロフェッショナルだ。


さらに、反対側の装置も作動する。


まだ使われていなかった扇風機

その前には大量のコピー用紙が置かれていた。


スイッチが最大の【大】を指し示し、扇風機が紙を吹き飛ばす。


紙が空中に舞い上がり、紙独特の音をたてながら地面に落ち始める。


変異ゾンビはまず先に机を退かすべきなのだが、その机はゾンビが動くことでしか音を出さない。

そのため1番五月蝿黒板消しクリーナーの魔力には逆らえない。

さらに!

紙が舞い散る音が無数にする、その五月蝿さもクリーナーに負けない騒音だ。


吸い寄せられるように触手がクリーナーと空中を舞う紙を攻撃し始めた。


この瞬間を待っていた。


仰向けに倒れた変異ゾンビの胸目掛けて走る。

俺はそのまま全ての体重をのせて、包丁を突き刺した。


『ギィァァァイィィィ!!?!??!!』


包丁がゾンビの胸に刺さった瞬間、鼓膜が壊れそうになるほどの叫び声をあげるゾンビ。


バタバタと暴れ、触手が無茶苦茶に暴れる。




ドスッ!



体に鈍い音が響いた。


自分の腹を見ると、触手の針が突き出ていた。


「ゴフ…ッ!!!?!」


口から血が溢れる。


なるほど、触手は自らの意思で動かせる。

そりゃ当たり前だ


「いっでぇ〜な!このクソ野郎がッ!!」


一斉に触手が俺に襲い来る、しかし俺もコイツの上に跨っている。


ポジションは有利!まだ負けてない!!


触手が攻撃するには、後ろから回り込まなければ速度が足りない。


さっきの針攻撃同様にな!


未だに腹を突き破ったままの触手を掴んで、横に転がる。


コイツが抜けたら出血で死ぬ。

無茶苦茶痛いが我慢だ。


目に涙が溜まり、痛みで叫びたくなるのを必死で堪え、変異ゾンビを睨みつける。


勢い余った触手はゾンビ自身に突き刺さり、腕を切り飛ばした。


瞬時に駆け出す。

未だに刺さったままの包丁目掛けて走る。


「これで…!くたばれ!!」


深く、包丁は突き刺さる。

奇声を出しながらしばらく暴れ、変異ゾンビは、ピクリとも動かなくなった。


勝ったッ!!



しかし、喜ぶのもつかの間

今度は俺も死にかけるのだった



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次回!主人公死す?!


お楽しみに!!


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知らんなそんな事…

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