第7話 博打の荒治療

俺は今、教室の前にいます。

そこは地獄だった…


「いくら何でも数が多すぎやしないか?」


パッと見でも30体、悪ければそれ以上いる。

ソイツらは一心不乱に教室へ手を伸ばし、中へ入ろうともがいている。


ま横にいる俺など気にも留めていない。


ゾンビがうるさいくて中の様子は聞こえないが、誰かが戦っているようだ。


このゾンビの集まり方だと怪我をしているようだし、アニメではこんな状況に陥っている子はたった一人しかいない。


一葉 舞


彼女はもうすぐ死ぬ

助けに行くにも、教室に群がるゾンビどもが邪魔だ。一体一体を処理しても時間がかかりすぎるし、俺にはゾンビを一掃できる手立ては無い。


何かいい手はないか考えるが、凡人の俺には一つしか思いつかなかった。

かなり危険だし、失敗したら大怪我確実だが、迷っている時間はないのだろう。


覚悟を決めた俺は、隣のガラ空きになっている教室に入ると窓を勢いよく開け、ベランダに飛び出る。


その前に、こちら側の窓を本気で蹴ってみた


そろそろ何がしたいかわかっただろうか?

そう、俺は窓を蹴破って教室に入ろうとしているのだ。


この場で割れてくれれば脳死で突撃をかませるが、残念なことに窓は割れない。


意外と頑丈だな


さて、それでは窓を割れる物と、割った反作用で俺が落ちないための助走装置が必要だ。


割るものなんてコンパスで十分だ


肝心の助走装置だが、なにか長い紐があれば…


やはり無難なものはカーテンだろう。

無理やり引きちぎってクルクルと巻いて、固結びで両端を繋げる。


出来上がったロープを、外にある排水管を登って3階に結びつける。

正直登るのがとてもスリリングで怖かった。


「少し足りないな…」


微妙に足りない…

ロープの設置箇所は3階の教室の窓

そのからロープを垂らしたいのだが、ベランダの出っ張りが無駄に邪魔して中途半端な長さになってしまうのだ。


「仕方ない、最終手段だ」


俺は制服のズボンを脱ぎ捨て、カーテンのロープに結びつける。

安心して欲しいので言っておくが、きちんと下に体操着のズボンを履いているので、大丈夫だ。


多分これで届くはずだ!


ファッサーとロープを垂らすと、きちんと届いた。

俺は事前に、2階の教室で採取しておいた鋭いコンパス針を、靴の紐で固定しつつ、更にそこから動かないようにもう片方の靴紐まで使用して固定した。


クイクイとロープを引っ張ってみて、具合を確かめる


きちんとした反発を感じた俺は、意を決してロープを使いながらゆっくりとベランダの壁を降りる。


ベランダの壁ギリギリまでくると、俺は教室の中の様子を伺った。

中はカーテンで遮られ全くもって見えないが、現在進行形でカーテンが赤く染まっている。


なかなかヤバい状態だということを、俺は瞬時に判断した。


それと同時に俺はベランダの壁を蹴る。

一瞬の浮遊感と共に、俺は振り子みたいな軌道で窓に突っ込む。


足を窓に向けておき、針がガラスに穴を開ける。1度穴が出来れば、そこからは連鎖するように簡単に割れる。


体重が乗った蹴りが、そのまま窓ガラスをカチ割った。


場所はドンピシャ

カーテンごと蹴飛ばすように突っ込んだ俺は、ゾンビの脳天をコンパスの針でカチ割った。


振り向きざまにもう一体のゾンビを素早く刺し殺す。噛まれていた一葉は出血が酷い、特に肩と内腿の出血が酷く、意識も危ない


「だ…れ……?」


多分俺の事が良く見えていないのだろう、五感が出血と疲労で鈍っている証拠だ。


ひとまず制服の上を捻って、一葉の足に巻き付ける。なるべくキツめに縛り、肩のほうはハンカチで圧迫した。


一葉は痛かったのか少し顔を歪ませたが、きちんと自分で肩を抑え始めた。


「ご、めんなさい…めが、よく見えなく…て、誰かわかんない、や…」


息もたえだえな一葉は、振り絞るように声を出している。


「俺だ、犬神だ。マジでじっとしてろ、このままじゃ死ぬぞ」


「あ、はは…は、自分の体の、こと…、くらい分かりま、すよ……これは…助かり……、ませんね…ッはぁ…」


一葉の言う通り、助かる傷じゃない。

俺が何も知らない一般人だったなら、だ。


「犬神君も…、早く…逃げた方が、いいです…よ?私、ゾンビになっちゃう、ので…」


そんな状態でも俺を気遣う優しさに、俺は呆れながらも関心した。


まだ一葉は何か言いたげだが、俺はそれを無視し、ゾンビの死体を解体し始める。


「あのさ、俺のことを気にかけてくれるのは嬉しいけどさ、俺の事を気にかけるならさ、そんな顔しないでくれる?」


「え…?」


一葉は泣いていた。

目からポロポロと涙を流し、悲痛な顔をしている。置いていかないで、寂しいから。そう言っているようにしか見えない表情だ。


「死にたくないんだろ?怖いんだろ?また1人になりたくないんだろ?寂しいんだよな?」


「……ッ!!?」


ゾンビの血で汚れていないほうの手で、頭を撫でる。血と汗で汚れた髪を、俺は気にしないとばかりに撫でる。


すると一葉は我慢が出来なくなったのか、大声で泣き始めた。


「死にたく…、ないぃ…やだよぉ!ゾンビに…、なりたくないよぉ、怖い、寂しい。誰か…、助けてぇ…ヒックッ!う゛ぅ゛わあ゛ぁぁぁぁん゛ッ!!」


俺は一葉をそっと抱きしめる。

傷に響かないように、雲を掴むより優しく抱きしめる。


「よし、俺に任せろ」


俺は再びゾンビの死体に向き直る。

包丁を振り上げ、腹を裂き、内蔵をかき混ぜながら探す。


「あった!」


俺の手に疲れていたのは、小さめのスーパーボールのような玉だ。


コレが菌心


ゾンビの強さによって形は大きくキモくなるが、そんな事はどうでもいい。


「ほら!!マジで早く飲め!口開けろ!」


事態は一刻を争う


一葉には悪いが、少し強引に口を開かせ口に押し込む。


「んぁッ…?ッ…ムグゥ〜〜〜!!?!」


菌心を体に取り込む際、体は再構築される。

菌心が体に適応するために、変化するからだ。


俺はその再構築に賭けた。


菌心を取り込んだ一葉はビクンッと震える。

折れた骨が、バキバキと音をたてながら修復されていき、噛まれは箇所は逆再生のように修復する。


流れていた血も体に吸い込まれていく。俺はそんな光景をよそ目に、自分の分の菌心を採取する。


やっとの思いで見つけた菌心を手に、俺は自分のカバンを探し、荷物をまとめ始めた。


よし、このまま一葉を抱えて旧校舎へいこ…


ガシャンッ!!!!!!


「……ッ?!」


現実は甘くない、そう言われているが…


「変異種、ステージ2はないだろ!!」


地獄はまだ続くようだ。

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