第6話 運命が歪んだ日

シーンと静まり返った教室

先程まで溢れていた笑顔はどこにも無い


あぁ、ダメだ

笑顔が消えてはいけない


私のせいで笑顔が消えてしまうのは、何よりも悲しい。


「大丈夫ですよ!【ここは任せて先に行けぇ!】みたいな?感じになっただけです!」


精一杯の笑顔を込めて私は言った。

不安と本音を隠して笑った。


渾身のギャグも虚しく、教室は静かなままだ。逆になんだか空気が重い…


「あ、あはは…ほ、ほら!どんどん行っちゃってください。ゾンビがまた入ってきちゃいますよ?」


誰も動かない


「ダメですね〜、もしかして旧校舎の場所忘れちゃいましたか?しょうがないので教えてあげます」


「一葉さん」

「ほら、この窓を出てあそこの屋根に飛び乗って」


「一葉さん!」

「そしたらすぐそこに…ですね、旧校舎が、あって、そしたら…、皆んなが待って…ッるんですよ?」


声が震える


ゾンビになることよりも、置いていかれる不安が私の感情を揺さぶった。

不確定な可能性と違って、1人になる未来の方が確実で恐ろしい。


「一葉さん!!」


ふわりと抱きしめられた。


「置いていかないから!絶対、一緒にいこ?」


私を抱きしめたのは、クラス委員長の葉月さんだ。彼女もクラス委員長として、この場に残ってくれた戦友である。


私はなかなかアイドル活動などで、学校に来れない時がある。そのため学校に来れても、どこまで授業が進んだのか分からず困ったこともあった。そんな時、よく助けてくれる優しい人だ。


「ダメですよ?いつゾンビになるかわからないんですから」


「でも!もしかしたらゾンビにならないかもしれないでしょ?まだその傷なら大丈夫だって!ね?一緒に行こ?」


瞳をうるうると震わせながら、葉月さんは私に語り掛ける。

そんな葉月さんを私はなだめるように抱きしめた


「私は自分が死ぬより、私が皆を傷つけてしまう方がもっと怖いです」


これは本音だ、怖い、確かに怖いが、私が我を忘れて皆を襲う方がもっと怖い。


「…ッ!」


「それにですね、ほら」


私は葉月さんの手を取ると、自分の額に押し当てた


「…ッ⁈」


「熱いですか?でしょうね、さっきからボーっとするんです。ゾンビになってしまうのかまではわかりませんが、コレはもうダメでしょう」


ゆっくりと葉月さんを放す、彼女は泣いていた。


「ふふ、あなたは優しいですね」


そこからはとんとん拍子にことが運んだ。

暗い表情をしながら皆が一人づつ降りていく。


私はその姿を笑顔で見送った。


最後の一人が降りた時だ


「舞ちゃんは?あ、いた!」


なんと、サナちゃんがまだ屋根にいたのだ。私に手を振りながら、ニコニコと満面の笑みで待っている。


「おーい、舞ちゃんも早く~」


私は今、笑えているだろうか?

目がジンと熱くなる


泣かないように必死に堪えて


「ごめんなさいサナちゃん、約束…守れそうにありません」


「え…」


サナちゃんの笑顔が固まった。

泣かせてしまうだろうか?それは嫌だな…


「えへへ、ヘマしちゃいました」


精一杯の作り笑いで噛まれた手を見せる


「だから、ここでお別れです」


窓の淵に手をかけ、ゆっくりと閉め始める


「まって、まってよ!舞ちゃん!舞ちゃん‼」


私は目を伝う熱い水を見られないように、窓を閉め鍵をかける。

サナちゃんの悲痛な叫びを無視して、カーテンで蓋をした。


振り返ればゾンビがドアの隙間から入ってくる

三体ほどだ。


私は死ぬのだろう


たった一人で三体は、勝ち目がない

熱は上がるばかりで、頭ももやがかかったようにスッキリしない。


それでも私は抵抗する

近くに落ちているハサミを拾い上げ、真っすぐ構える


一瞬自殺が頭をよぎる

このまま食われるくらいならいっそ…


しかしすぐにその考えを振り切った。


私は生きるんだ!


幸か不幸か、佐那がかけた死なないでと言う言葉は、少女をさらなる地獄へ引き入れる。


少女は再び駆け出した。










あれからどれほど経ったのか

そんな疑問に、時計の針はまだ20分しかたっていないことを無情に告げた


「ふふ、はは…ははは……現実は非情である、よく言ったものですね」


ふと視界が揺れた

体が傾き、めまいが私を襲う


「…ッ」


ガンガンと内側から殴られるような頭痛が走り、体から力が抜けた。

ギリギリで踏ん張った矢先、地面に赤い雫が垂れた。


「え…」


間抜けな声が漏れる

攻撃は受けていない、なら何だろうか?


その答えはすぐに分かった。

鼻から冷たい液体が垂れる…


鼻血だ


私は驚き、一瞬唖然とした。

それがいけなかった


ハッと気づけば目の前にはゾンビが迫っている

勢いよく両腕を掴まれ、ホールドされた


私は必死になって体をひねり、逃げようとするも、すでに時遅し


左肩に鋭い激痛が走った


「ぐッあ゛ぐっ!う゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛~~~‼⁈⁈」


赤い血が腕を伝って床に垂れる

ゾンビはそのまま私を押し倒し、組み伏せる


倒れた拍子に肩が床にぶつかり、さらなる痛みに私は顔を歪めた。

涙が視界を歪める中、必死の思いでゾンビの首をハサミで刺す。


二、三度刺すとゾンビが崩れ落ちた。


痛む肩を何とか無視し、重いゾンビをどけると同時に、私のお腹を激痛が襲った。

ソレは二体目のゾンビだった。

勢いよく走ってきた足が私のお腹にめり込み、私はゴロゴロと転がりながら壁に激突した。


一瞬意識が飛ぶが、肩の激痛で私の意識は再び覚醒した。


「ゴホッゴホッ…ッあ゛ぁ」


胃液が喉まで逆流し、吐きそうになる

なんとか体制を立て直そうと視界が上がった時だ


目の前に青白い足があった


「ひっ…」


震える体で上を向くと二体のゾンビが私の視界を埋め尽くしていた


何かが壊れる音がした


「やだ、死にたくない!ごめんなさいごめんなさい、やだぁ、やだよぉ…」


せき止めていた感情があふれ出す

涙をぽろぽろと流しながら、私は訳も分からず謝罪を繰り返し、後ずさる。


そかしそんなものでゾンビが止まるはずもなく、死がゆっくりと少女を掴んだ。


まず一体目が、倒れた私の腕に噛みつく


とっさに顔を守ろうと突き出した腕は、あっさりと骨までかみ砕かれ、赤い血を地面に垂らした。


「~~ッ!!~~~~~⁈‼‼~ッ!?!」


声を上げなかったのは私なりの抵抗だった。

腕から、肩から、とてつもない痛みが襲い来る。


そんな私のことなどお構いなしに、二体目のゾンビが近づいてきた。


「ひっ…やだぁ、やらぁぁ…」


意味がないと分かっていながら、私は近づくゾンビに蹴りを入れた。

案の定びくともしない


逆に足首を強く掴まれ、骨を折られた


「ぎッ~~~!?!??!!!」


私の足首を簡単に手折ったゾンビは、大きく口を開くと私の内腿にガブリと噛みつく


「ッ~~~~~~!??!!!?!」


神経と血流が集中した部位をかまれた私は、声にならない声を上げた

パクパクと口からかすれた空気が出るが、それ以上は何もでない


ゾンビの噛みつきは私が暴れる度に強くなり、さらなる激痛が私を襲った


「や、やめ゛で、ぐぅ゛し、ぬ゛…ッそれ…だめ゛ぇ、いだい゛!しんじゃ、あああ゛ァァァッ!!」


もう自分でも何を言っているのかわからない

兎に角、痛くて痛くて痛くて楽になりたくて、痛くて痛くてたまらない。


もう嫌だ、死ぬ、これ以上は耐えられない


思考がパチパチと弾け、視界が暗くなっていく

本格的にマズイ…


私の意識が沈む、その瞬間





バリンッ!!



大きな音と共に私の腕を噛んでいたゾンビが吹きとんだ


「…ッ?……あ?」


ゾンビが吹き飛んだと同時に、飛び込んできた何者かが私に振り向くと、まだ私を襲うゾンビの脳天を刃物で一突き


痛みで思考がかすむが、私はなんとか意識を保った

振り絞るように声を出し、部屋に入ってきた人の正体を探った


「だ…れ……?」


謎の人物はそんなことお構いなしとばかりに私に駆け寄ると、荷物を床にぶちまけ、出血がひどい私の足に何かを巻き付ける。

フワフワする頭で私は今度こそ、謎の人物を見上げるのだった。









その日、ひとつのシナリオが捻じ曲がった

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