第54話 普通の剣
――翌日、改めて二人は水着を買うことにした。
宿のすぐ近くで購入ができ、やはり観光地として力を入れているだけはあるか、水着の材質もしっかりとした物が多い。
エレインは黒を基調としたシンプルなデザインのもので、ルーネはフリルのついた白の水着をそれぞれ購入した。
水辺の近くとはいえ、さすがに宿から水着のままで移動することなく、二人ともそれぞれ上着を羽織った状態で外に出る予定なのだが、
「……」
ルーネが少しだけ、部屋から出るのを躊躇していた。
やはり、水着で出歩くというのは中々勇気がいるだろう――エレインは声を掛ける。
「平気か? 無理そうなら、部屋でゆっくりしても構わないが」
「い、いえ! 少し恥ずかしいだけで……。せっかくなら、水辺に行きたい気持ちはありますから」
「それならいいが」
エレインは元来、人目を気にするタイプではない。
そっと、ルーネの手を優しく握る。
ルーネは少し驚いた表情をしていたが、すぐに頷いて、
「……行きましょう!」
そう言って、二人で部屋を出た。
一度、外に出てしまえば問題はない。
道を行く人々は皆、同じような恰好をしているのだから。
だが、視線はエレインとルーネの二人組に注がれていた。
――理由は単純。
エレインはそもそも、顔立ちは整っているしスタイルもいい――男女問わずモテるタイプの容姿をしている。
ただ、その名が知られているからこそ、畏怖されていたのだ。
隣を歩くルーネもまた、王女という出自もあるだろうが、漂わせる気品に加えて、可愛らしい顔立ち。
恥ずかしがっているのが分かる様子も相まって、道行く人々の中では目立ってしまっている。故に、
「そこの二人さん、今って時間ある?」
水着姿でキラキラとしたアクセサリを身に着けた二人組の男に早速、声を掛けられた。
「私達に何か用か?」
「お姉さん綺麗だね。俺達これから人も少ない穴場の水辺に行こうとしててさ。よかったら一緒に――」
「いてててっ!?」
エレインに話しかけている方ではなく――もう一人の男は馴れ馴れしくもルーネに近づいて、肩に手を回そうとしていた。
当然、それを見逃すエレインではない。
男の手を取ると、軽く捻るようにして動きを止める。
「な、何しやが――ぐっ!?」
エレインに話しかけてきた男が襲い掛かろうとしてくるが、彼の頭部を掴んで指に力を入れる。
男はエレインの手を掴んで何とか引き離そうとするが、痛みでその場に膝を突いた。
「エ、エレイン様……!?」
「ルーネ、こういう輩は良からぬことを考えて近づいてくるものだ。覚えておくといい」
エレインは動揺するルーネに対して、冷静に声を掛ける。
男達はやがて謝罪の言葉を口にしながら、今にも泣き出しそうになっていたため、そこでようやくエレインは手を離す。
他にもエレイン達に声を掛けようとしていた男もいたようだが――今のを見て、視線を逸らすようにして逃げ出した。
一方、そんなエレインの姿を見て黄色い声を上げる女性の声も目立つ。
「……? 何やら騒がしいな」
「と、とにかく、ここから離れましょう!」
今度はルーネがエレインの手を取ると、そそくさと歩き始める。
何故だか、ルーネは少しだけムッとした表情をしていたのが横顔で見えた。
やはり観光地として栄えているだけあって、中々人の少ない場所というのは少ない。
先ほどの男達の言っていたような『穴場』があればいいのだが、ここに土地勘があるわけではない。
ルーネも勢いで歩き出したはいいが、やがて困惑した様子で足を止めた。
「……どこへ向かえばいいんでしょうか」
「なるべく人の少ないところの方がいいとは思うが、難しいな。少し宿から遠くなるが、観光がてら見て回るとするか」
「そうですね、せっかく来たわけですし」
二人でゆっくりできそうな場所を探しながら、歩くことにした。
エレインは仕事で各地を回ることもあるが、観光のためにのんびり――などということは、人生でしたことがない。
ルーネも似たようなものらしく――最初に目に留まったのが、まさかの武具店であった。
「この剣は……悪くなさそうだな」
「はい、材質的にもかなり作りとしては頑丈になっているかと。剣への魔力の通しやすさはどうですか?」
「問題ないな」
「なら、買ってもよさそうとは思いますが、エレイン様は剣を新調なさるんですか?」
「私は何本も持ち歩く主義ではないが、予備にあって困るものじゃないとは思っている。もっとも、私は剣に対して大きくこだわりがあるわけじゃない」
「確かに……エレイン様の扱われている剣はその……」
「ストレートに言えば、『どこにでもある普通の剣』だな」
ルーネが言い淀んでいたので、おそらく彼女の言いたいことを代弁する。
エレインほどの実力者であれば――扱っている剣も名剣だと思われることが多い。
しかし、実際に使っているのはそれこそ、ランクの低い冒険者が持っている剣と変わらないのだ。
「世の中には『魔剣』や『聖剣』だのと呼ばれる代物も存在すると聞くが、確かに感触に合うのなら使ってもいいのかもしれない。だが、それに頼り切ってしまっては、失った時の代償も大きくなる場合がある」
「剣に左右されない、ということですね。良いお考えだと思います」
「あくまで私の個人的な意見だ。いい剣であれば、当然利用することだってある。ルーネ、君はどうだ?」
「私は――エレイン様に買っていただいた物がありますから」
そう言って、彼女は腰の辺りに触れる。
観光地でゆっくりする――と言っても、エレインとルーネは武器を手放してはいない。
何かあった時にすぐ対応できるようにしているのだ。
「必要になれば、いつでも言うといい――っと、あまりここで長居しても仕方ないな。目的とズレてしまう」
「そうですね。いいところ、見つかるといいのですが」
二人は武具店を後にして、観光を続けながらゆっくりできる水辺を探しに向かった。
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