第53話 落ち着く香り

 エレインとルーネがアヴェルタ王国の領地を出たのは二週間ほど前のことだ。

 馬車を乗り継いで、時には徒歩で山を越えて――辿り着いたのは新天地。

 エレインはその名を他国でも知られるほどの実力者ではあるが、主な活動拠点としていたアヴェルタ王国以外では名前を知られこそすれ、顔までは覚えられていない。

 ルーネもまた、バーフィリア王国の王女という立場であるが、エレインと同じく顔を知られていることはない。

 ただのエレインとルーネとして、今は二人で旅を始めたばかり。

 目的を決めずに旅をするというのは、上手くいくものか――そういう不安もあるだろう。だが、


「あの、エレイン様……この後、水着を買いに行く予定では――あっ」

「しばらくはここに滞在すると決めた。まだ時間だって遅くはないし、急ぐこともないだろう」


 この二人の場合――大丈夫だろう。

 宿の部屋を一つ借りて早々に、エレインがルーネをベッドに押し倒すような形となった。

 エレインがルーネの髪に触れ、匂いを嗅ぐ。


「相変わらず、落ち着く香りがするな」

「エ、エレイン様! まだお風呂に入っていませんから、先に……」

「風呂に入らないとできないようなことを、期待しているということか?」

「そ、それは――んっ」


 ルーネの太腿の辺りに優しく触れると、艶めかしい声が耳に届く。

 彼女は一層、恥ずかしそうな表情を浮かべて、


「その言い方は、反則ですよ……?」


 そう、小さな声で抗議するように言った。

 エレインはくすりと笑みを浮かべる。


「すまない、少し悪ふざけが過ぎたな。君があまりに可愛いからつい、な」

「また、そんなこと言って――って、手が変なところに向かっているような気がしますが……?」

「私の方が我慢できそうにない。それとも、風呂で続きをするか?」

「……いえ、エレイン様がよければ、このままで」


 二人は互いの意思を確認して、口づけを交わす。

 毎日――というわけではないが、それなりの頻度で行為に及んでいた。

 誘うのもエレインからばかりではなく、ルーネの方から積極的な時もある。

 初めの頃はお互いに経験も浅かったところもあったが、今では随分とスムーズになった。

 口づけも、唇が触れ合う程度のものではない――二人きりでベッドの上にいる時は、舌を絡ませることだってある。

 ルーネは引っ込み思案なようで、いつも小さな舌が確認するように動いている。

 頑張っている――という表現は語弊があるかもしれないが、エレインからすれば彼女の行動の全てが愛おしく、全てを受け入れるようにしている。

 体力的な差というべきか、長いキスを終える頃には、ルーネの呼吸は少し荒くなっていた。

 彼女の下腹部のさらに下辺りにまで、エレインの手がするりと入っていて――ルーネの声が漏れる。


「んっ、ふぅ……」


 視線は迷っているように泳いでいるが、エレインがじっと見つめると、やがて目が合う。

 だが、恥ずかしそうに逸らして、額の辺りに腕を置いてしまう。

 そんな彼女の手を取って、指を絡ませるようにしながら――また、口づけを交わす。

 ――そんな風に行為に及んで、結局出かけるタイミングを逃してしまうのであった。

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