第52話 水の都

『アヴェルタ王国』より南方――『ガルーシャ帝国』。

 この帝都である『オレントル』は『水の都』とも呼ばれており、大きな湖畔の近くに作られているのだ。

 他国から観光に訪れる者も多く、一部はリゾート地としても扱っているようだ。


「これはまた……王都とは随分違う雰囲気ですね」


 呆気に取られる様子で、ルーネが周囲を見渡していた。

 王都というのはアヴェルタのことを言っているのだろう――彼女の隣では、相変わらず落ち着いたエレインが答える。


「帝都の名を冠しながら観光業にも力を入れている――特に美しい湖畔は有名だそうだ。警備隊もあちこちに配備されているし、治安はいい方だが……少し目立つ恰好の者も多いな」


 エレインの言う目立つ恰好というのは、すなわち水着のことである。

 ここでは湖畔から汲み上げた水をプールに利用していたり、中には区画を作って泳いで遊べるような場所もいくつか存在している。

 ちょうど、エレインとルーネがいるのは遊泳区域付近であるためか――都を歩く人々の多くが随分とはだけた姿になっていた。

 もちろん、水着で歩き回ること自体、ここでは何も珍しくはないのだろう。


「……そ、そうですね。少し、刺激が強いというか……」


 ただ、ルーネにとっては別のようだ。

 彼女は王族――やはり、水着姿で人がそこら中を歩いているのは珍しいというか、少し刺激が強いのかもしれない。

 せっかくの観光地で、近くに寄ったからには足を運んでみよう、そう提案したのはエレインだったが、


(……あまり長居すべきではないかもな)


 彼女の反応を見るに、嫌がっているようではないが――精神的に負担は大きいのかもしれない。


「ここから少し離れたところに宿を取ろう。別に、ここに長くいる必要もないからな」

「え? 泳がないんですか?」

「……ん?」


 歩き出そうとしたエレインは、ルーネの言葉を受けて動きを止める。

 思っていた方向とは違い、彼女に視線を送る。


「あっ、す、すみません……! ここに来たからには、その、観光とか色々するものかと思いまして」

「ああ、するのは構わない。君は大丈夫か?」

「大丈夫、とは?」

「いや、少し顔が赤いのでな。こういうところは苦手なものかと」

「! に、苦手というか……まあ、初めてで驚きはしました。私の故郷は山間ですし、リゾートのような場所もないので、むしろ新鮮です。それに……」


 ルーネは視線を泳がせるようにしながら、エレインの傍で小さな声で囁くように言う。


「エレイン様の水着姿も、見てみたい、です」

「――」


 水着姿を見たい、そういう考えもあるのか、とエレインは妙に関心した。

 そして、ルーネの水着姿――確かに、見てみたいと思うのでエレインは頷く。


「では、この近くに宿を取ろう。水着を買えるところもあるだろうしな」

「い、いいのですか?」

「遠慮をする必要はない。私達の旅に目的はない――せっかくなら、ここで身体を休めていくのも悪くはないだろう。それに、私も君の水着姿を見てみたいからな」

「……! エ、エレイン様……」


 先に言い出したのはルーネの方だというのに、何故だか余計に恥ずかしそうな表情を見せる。

 一緒に旅を始めてまだそう長い期間ではないが――彼女も随分と望みを言ってくれるようになった。

 エレインとしては、ここに来たからには楽しんでもらった方がいい。

 まずは宿を見つけて、それから水着を買いに行くことにした。

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