第二章

第51話 『魔王』

 薄暗い地下室の奥地に一人の男が向かっていた。

 名はオディオール・フラックリン。

 アヴェルタ王国にて、『血濡れの剣聖』と呼ばれた女性――エレイン・オーシアンと一戦を交えた男だ。

 もっとも、彼は結界を作ることを主としており、あくまでエレインを閉じ込める役割に徹していたと言えるが。

 奥に辿り着くと、ガラス張りの液体の中にいくつも臓器が浮かんでいる部屋があった。

 魔物の一部と思われる物や、人らしき物まで、だ。


「相変わらず、悪趣味な部屋ですね」

「心にもないことを、オディオール」


 声が返ってくる。

 迎えたのは、色白で頬のこけた細身の男だ。

 随分と顔色が悪いように見えるが、オディオールの知る男は常にそういう雰囲気である。


「失礼なことを言いましたかね、ベンスティン」

「いいや。お前がこの程度の部屋を悪趣味と言うはずがない、という意味だ。ここは俺の工房であるが、お前の工房はもっと趣味の悪いものだと認識しているが」

「これは手厳しい。ですが、わたくしはあなたと違って、死者を扱う趣味はないものでして」

「それより、何をしにここに来た? お前はアヴェルタ王国にいると聞いたが」

「ええ、一つ手見上げを差し上げようかと」


 そう言って、オディオールが手をかざすと、空間から穴が開いて棺桶が飛び出してくる。

 ギギギッ、と音を立てながら出てきたのは――首のない死体だった。


「これは?」

「カムイ、という名の冒険者です。まだ若い青年でありながら、Sランクの冒険者にまで上り詰めた逸材ですよ」

「カムイ? どこかで聞いたな――ああ、お前がスカウトする予定だった若者か。なんだ、失敗したのか」

「いえいえ、彼は快く引き受けてくれましたよ。色々とありまして……まあ、このような結果に」


 オディオールは詳細な説明を省いた。

 カムイは元々、オディオールに協力してもらうことで話はついていたのだが。

 その前に――エレインとの戦いに臨むという、彼の考えを組んだ結果が目の前の『これ』だ。


「Sランク――冒険者の中でも上位の存在だ。それを殺すということは、並大抵の相手ではないだろう」

「相手も同じSランクの冒険者――『血濡れの剣聖』と呼ばれた女性ですが」

「血濡れ、剣聖……女につけるにしては随分と大層な名だ」

「アヴェルタ王国ではその名を知らない者はいないでしょう。大陸内でも、多くの者が知っているかと」


 男――ベンスティンは話を聞くと少しだけ楽しそうに口角を上げて、


「くくっ、なるほど。その女に邪魔をされたか。お前にしては珍しいミスだな」

「否定はしませんよ。エレイン・オーシアン――わたくしは『直接』戦ったわけではありませんが、敵に回すと厄介ですので、警告に来たわけです」

「警告? お前にしては随分と殊勝なことだ……その死体を俺に渡した上に、情報まで共有するとは――もしや、その女がこの国に来る、と?」

「理解の早いことで。実のところ、すでに入国しているようです。冒険者としては活動していないようですが、なるべく触れないようにするのがよいかと」


 オディオールがそう言うと、ベンスティンは近くの椅子に座り、また楽しそうに話す。


「俺にそれを伝えるのは、『手を出せ』と言っているようなものだが」

「止めはしませんよ、あなたが欲しがる死体ではあるでしょうね。とても、『優秀な駒』になるでしょうから」

「得られれば、か。お前にできないから、俺にさせようという魂胆か?」

「そのようなことは。わたくしも機会があれば、お話をさせていただこうかと。もっとも……わたくしは彼女に警戒されていますが」

「……まあ、いい。死体と情報はもらっておく。代わりに、この国の優秀な人材について提供してやろう。それがほしいんだろ?」

「いやはや、それはありがたい。カムイさんの代わりになる人物が必要だったんです。我々、常に人材不足に困っていますからね」

「不足もするだろう。悪事を働く者は常に、命の危機に瀕しているものだ。『魔王』の復活などという、子供が聞いても笑いそうなことをしている点も含めて、な」

「いいじゃないですか、わたくしは楽しんでいますよ。では、情報だけもらって退散させていただきますかね」


 オディオールとベンスティンは、薄暗い部屋の奥へと姿を消していく。

 ――誰も知らないところで、悪意は静かに動き出していた。

 

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