第50話 どこへ向かうことになっても

 ――さらに二週間ほどの月日が流れた。

 エレインとルーネは、馬車に揺られていた。

 行先は特に決めていないが、アヴェルタ王国を離れることにはなるだろう。


「良かったのか、アネッタのことは」


 エレインは、ルーネに改めて問いかける。

 ここに姿のない少女――アネッタは、ルーネがバーフィリアへと送り返したのだ。


「確かに、アネッタは私と行くことを望んでいたかもしれません。けれど、私の傍にいて危険な目にも遭いました。あの子は……故郷に家族もいるんです。当てのない旅に連れて行くより、私の家族の補佐をしてもらった方がよいでしょう。父上への言伝は頼んでいますし、上手くやってくれると思います」

「そうか」


 ルーネは第三王女という立場だ――姉二人のどちらかの付き人になれるよう、便宜を図ってもらう、ということだろう。

 王都に買った家も、しばらく使うことはないために手放すことにした。

 拠点を王都にするのなら、家はあった方がいいという考えだったが――こうして旅に出るのなら別だ。

 エレインにとっても、冒険者として各地を転々とすることはあったが、行先を決めたい旅というのは初めての経験である。


「なんだろうな、何も決めずに動くというのは……落ち着かないものだ」

「緊張なさっているんですか?」

「緊張……そうかもしれない。私は、いつも依頼を受けて決められたところに向かう。それが楽だったから――ある意味では、何も考えずに生きてきた人間だ」

「そんなことは……でも、エレイン様こそ、よかったんですか?」

「よかった、とは」

「冒険者ギルドの方から引き留められていましたよね?」


 ――エレインは人目につかないようにギルドに向かい、王都を離れる旨を伝えていた。

 それどころか王国自体から姿を消す、という話だ。

 エレインはSランクの冒険者の中でも、頼まれた仕事を能動的にこなすタイプであり、ギルド側としても貴重な存在だった。

 カムイも行方不明として処理されており――ギルドとしては、実力のある冒険者が離れることは避けたかったのかもしれない。


「問題ないだろう。元より、私一人がいなくなったところで、他にも冒険者はいくらでもいる。受けた分の仕事はこなしていくと言ってあるんだ。それで手を打ったということは、向こうも対処ができる踏んだと言っていい」


 エレインが現在受けている仕事は、王国から出る途中のものは全て片付けていくと伝えてある。

 その依頼金についても受け取りは不要として、話はつけたのだ。

 実際、ギルドとしても残ってほしいというのは本音だろうが――エレインがいないと回らない、なんてことはない。


「しばらくは冒険者も休業しようと思っている。エレイン・オーシアンではなく――ただのエレインとして、旅をしよう」

「では、私もルーネ・バーフィリアではなく、ルーネとしてお供致します、エレイン様」

「なら、エレイン様というは、そろそろやめにしないか? 君はもう奴隷でも何でもないのだから、呼び捨てでも構わない」

「私は奴隷という立場から解放された身ではありますが、エレイン様のモノでありたい……そう思っています。なので、呼び捨てというのは……」

「エレインさん、でも構わないが」

「エレインさん……私にとって、エレイン様はエレイン様なので、慣れるのにはちょっと時間がかかりそうです」


 ルーネの言葉に、エレインは少しだけ笑みを浮かべて答える。


「そうか、なら――無理をする必要はない。呼び方一つで変わる関係ではないからな」

「……はい、エレイン様。これからの旅、楽しみですね」

「ああ。いつかは、君の故郷にも行ってみたいものだな」

「! ぜひ、行きましょう! 私が案内しますからっ」


 そんな話をしながら――二人は今後の旅について話す。

 何も決まっていないからこそ、自由に行先を決めることができるのだ。

 どこへ向かうことになっても、エレインとルーネが離れることはないだろう。

 二人はすでに、愛し合っているのだから。

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