第49話 交渉
――五人目の騎士の首を刎ねたところで、エレインはカムイと一対一の状況に持ち込んだ。
正確に言えば、残るはこの空間を作り出している魔導師と合わせて二人、敵がいる状態だ。
だが、エレインが優勢になったところからだろうか、魔導師が手を出してくることはなくなっていた。
この空間を維持するだけで手いっぱいになったのか、どうあれ邪魔がないのは好都合だ。
カムイはエレインから受けた打撃によるダメージもかなり回復しているようだが、すでに勝敗は決しているようなもの。
互いの剣が幾度か交わったところで、傷が増えるのはカムイの方だ。
「く、そ……!」
「終わりだ――」
エレインの剣がカムイの首元へと届こうとした瞬間、周囲の空間が崩れ去る。
ピタリとエレインの刃がカムイの喉元に当たったところで止まった。
「いやぁ、危ないところでしたね。交渉前に殺されてしまうところでしたよ?」
ローブに身を包み、怪しげな仮面で顔を隠した男がいた。
二本の指で、剣先を掴むようにして、だ。
正確に言えば、この男のあまりに奇怪な行動を警戒したエレインが、動きを止めたというのが正しいだろう。
目線はカムイに向けたまま、エレインは問いかける。
「お前が私を閉じ込めていた空間を作り出していた魔導師だな?」
「ええ、その通りです。お初にお目にかかります。わたくしの名はオディオール。以後、お見知りおきを」
「その名を覚えてどうなる? 私はこれからお前達を二人とも斬るつもりだが」
「そうですね。十中八九、ここで戦ったところでわたくしとカムイはあなたに斬られるでしょう。そこで、交渉というわけです」
「……何を交渉するというんだ。私が受け入れるとでも――」
「ルーネ・バーフィリアがどこにいるのか、お教えしましょう」
エレインの視線が、カムイから魔導師――オディオールへと向けられる。
場所は先ほどと同じく廃坑の付近だが、ルーネの姿はない。
連れ去られたとみるのが妥当だろう。
そうなると、エレインにとっては確かにほしい情報ではあった。
「交渉というのなら、お前は何を求める?」
「簡単なことです。わたくしとカムイを見逃していただきたい」
「! 何を勝手なことを……!」
オディオールの提案に怒りの表情を見せたのは、意外にもカムイであった。
二人は旧知の関係にあるのか、オディオールは至って冷静に答える。
「状況はどう見てもわたくし共の敗北にございます。ならば、命乞いをしてでも生き延びる方法を探るのは当然のことかと」
「……っ」
「つまり、お前達を見逃せば、ルーネの居場所を代わりに教える――そういうことだな?」
「ええ、その通りです。嘘偽りなく答えると、約束しましょう」
見た目だけで言えば、一切信用のならない相手だ。
だが、エレインには分かる――オディオールは嘘を言っていない。
「欲しいのはカムイの命か。お前は……本物ではないな? いや、本体でないと言うのが正しいか」
「おや、気付かれますか。直接戦闘は得意なタイプではないので」
オディオールは生身ではない――つまり、命乞いなどと口にしながらも、ここで斬られても問題はない存在なのだ。
故に、彼が欲しているのはカムイの方。
どういう理由か分からないが、確かにカムイの実力を考えれば、ここで死なせるには惜しい、という点は理解できる。
エレインはカムイの喉元から剣を引いた。
「交渉成立、ということでよろしいでしょうか?」
「本来なら、問答無用で斬るところだ」
――だが、ルーネの身の安全の方が大事だ。
エレインはオディオールの提案を受け入れたが、
「……ふざけるなよ」
救われたはずのカムイが、それをよしとはしなかった。
彼は自らの握っていた刀の持ち方を変えて、自身の腹部を思い切り突き刺した。
さすがのエレインもカムイの行動には驚いて、目を見開く。
血を吐き出しながら、カムイは膝を突く。
「僕は、エレイン・オーシアンに負けた。プライドを捨てて戦いに挑んでも、勝てなかった――これ以上、生き恥を晒すような真似ができるか」
「……何と、愚かなことを」
オディオールも予想外だったのか、目に見えて落胆した様子が分かる。
カムイの行動については、エレインも一定の理解を得られた。
生きてさえいれば――彼ほどの実力を持っていると、そういう考えよりも死を選ぶ者も少なくはない。
本来であれば、エレインに負けて死んでいたはずなのだから。
エレインは小さく溜め息を吐くと、
「刀を抜け」
「……?」
「お前なら、まだ動けるだろう。私が斬ってやる」
「……なるほど、それはいい」
カムイはエレインの提案に応じて、腹部に深く突き刺さった刀を抜き――すぐに駆け出した。
すでにまともに動ける状態にはなく、エレインは即座にカムイの首を刎ね飛ばす。
少しでも苦痛が短くなるように――そして、戦いの中で死ねるように。
ゴロゴロと地面を転がった首はオディオールの足元に落ちた。
「困ったことになりましたねぇ。まさか、自ら死を選ぶとは」
「どうする? 交渉は決裂か?」
「そうですね――ルーネ・バーフィリアの居場所はせっかくですし、お教えしましょう」
オディオールは随分と軽い様子で言い放った。
「……なんだと?」
「カムイさんに生きていてほしかったのは事実ではございますが、死んでしまっては仕方ありません。わたくしは雇われの身ですが、すでに雇い主――フォレン・アヴェルタに与する必要もなくなりましたので。あなたとはできる限り友好な関係でいることの方がメリットが大きいと判断致しました」
「雇い主の名まで隠さないか」
「すでに察しておりますでしょう。でしたら隠す必要もございません」
「言っておくが、ルーネの居場所を聞いたとて、友好な関係になるとは思うなよ」
「ええ、もちろん。ですが、わたくしにはもう敵対の意思はない――それだけ、分かってもらえれば問題ございませんので」
そして、オディオールから得た情報通りに――確かにフォレンは要塞に陣取っていることを確認した。
オディオールはさらに、フォレンには問題なくエレインを討伐した、と嘘の報告をしたようである。
――こうして、彼の真意は不明のままだが、エレインは無事にルーネを取り返すことに成功した。
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