第47話 我慢できないかも

 ――戦いは終わり、エレインは王宮から派遣された医師からの治療を受け、一命を取り留めた。

 息子のことで迷惑をかけた、というアーノルドの言葉も伝えられたが、彼の心境も複雑だろう。

 エレインはしばらく安静にするように伝えられ、町に出ることなく家で静かに過ごしている。

 そんな彼女の隣には、ルーネの姿があった。


「アネッタには買い物を頼みました。しばらく帰ってこないかと思いますが、必要なことがあれば何でも私に言ってくださいね」

「そこまで心配しなくていい。随分と休ませてもらったからな」

「あ、ダメですって。まだ寝てないと……!」


 エレインが身体を起こそうとすると、ルーネが押さえようとする。

 ただ、エレインも怪我をしているので、彼女の力はだいぶ優しい。

 容易に起き上がれてしまうが、エレインはそのまま横になった。


「すまないな、しばらく世話になる」

「いえ、その……」


 エレインが大人しく横になると、今度はルーネが少し気まずそうに視線を逸らした。


「どうした?」

「……こうして、落ち着いて二人で話す時間もあまり取れなかったので」


 確かに、つい先日までエレインは大怪我で意識もなかったし、慌ただしい日々が続いていた。

 フォレンを殺したことで、エレインの名はまたいい意味でも悪い意味でも王都に広まっている――ルーネも、外をあまり出歩かないようになっていた。


「そうだな。いや、二人きりだからこそ、改めて話しておくことがある」

「? 何でしょうか」

「君のことが好き――そう伝えただろう? できれば、答えを聞かせてほしい」

「――」


 ピタリとルーネの動きが止まり、みるみるうちに顔が赤色に染まっていく。

 やはり色々あって忘れていたか、あるいは思い出さないようにしていたか――だが、このエレインとしても、彼女の返事を聞きたい気持ちはあった。


「ま、まだ、エレイン様はきちんとお身体を治していないですよ……!」

「私にとっては必要なことだ、それとも……答えられないか?」

「そ、そんなことは……」


 ルーネは少し困ったような表情を浮かべる。

 ――エレインも、望むような答えが得られるとは思っていない。


「……確かに、君の気持ちを考えずに軽率に言っているかもしれないな。ただ、立場とかそういうのは一切抜きにして、素直に答えてほしい。嫌なら嫌で――」

「嫌なわけじゃないじゃないですかっ」


 エレインの言葉に食い気味に答えたのはルーネであった。

 思わず、エレインが驚いて目を丸くするほどに。

 ルーネはルーネで、自分が大きな声を出しすぎたことに驚いたのか、ハッと口元を押さえる。


「……私、エレイン様にご迷惑しかお掛けしていないんです」

「私は迷惑だと思っていない。そもそも、今回の件は私に対する個人的な恨みもあるようだったからな」

「そうだとしても、エレイン様のお怪我は私が原因――」

「言っただろう、惚れた女のために命を懸けられる。私はそういうタイプだ……とは思っていなかったが」


 エレインは自分で言っておいて、今更恥ずかしくなって目を逸らす。

 それを見て、ルーネは少し可笑しそうに笑った。


「ふふっ、エレイン様もそういうお顔をなさるんですね」

「君の前では、な。やはり、私は君が好きなようだ」

「っ、そう何度も好きと言われると、私も何だか慣れません……」

「そうか。なら、あまり口にしない方がいいか」

「――いいえ、私も、エレイン様のことが好きです」


 ルーネの言葉を受けて、エレインはルーネを見た。

 恥ずかしそうではあるが、真っすぐこちらを見据えて――その言葉が嘘ではないことは、エレインにも十分に伝わった。


「気持ちが伝わるというのは嬉しいものだな。私は今まで、こういう感覚を得たことはなかった」

「私も、王族として生きてきて、そういう感覚がなかったのでやっぱり恥ずかしいです」

「……必要なことがあったら、頼んでもいいと言っていたな?」

「! はい、何でも言ってください!」

「では――私とキスをしよう」

「はい、分かり――へ……!?」


 もはや爆発するのではないか、というくらいにルーネの顔が赤くなった。

 湯気まで見えるような気がする。

 内心、エレインも傷口が開くのではないか、というくらい心臓が高鳴っているが、きっと悟られはしないだろう。


「な、な、何を言っているんですか……!?」

「いや、お互いの気持ちを確かめたのだから、それくらいはしてもいい者かと……ダメか?」

「ダ、ダメというか、いきなり過ぎるというか……!」

「……そうか、確かに、順序立てるべきものだったか。すまない、私はそういう経験がないものでな」


 ルーネが困惑しているのを見て、エレインはすぐに引き下がる。

 彼女に迷惑をかけたいわけではないのだ――だが、ルーネは少しムッとした表情を見せると、エレインに覆いかぶさるような形になり、


「わ、私だって、したくないわけではないんです。でも――」


 耳元で、消え入りそうな声で言った。


「キス、してしまったら、それだけでは我慢できないかも、しれなくて」


 ルーネが何を言いたいのか、エレインにはすぐ理解できた。

 できてしまったから、気付けばエレインはルーネを抱き寄せるようにして、口づけを交わす。

 ルーネは少し驚いたようで、身体を少し震わせたが、抵抗することはなかった。

 ――ルーネの言っていた通り、その後はキスだけで終わるはずもなく、アネッタが帰ってくるまで二人は愛し合っていた。

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