第45話 届かない

 エレインとグレスの剣が交わる――だが、押されたのはエレインの方だ。

 体力はすでに尽きかけて、満足に治療していない怪我は悪化している。

 今、動いていること自体が奇跡と言ってもいい状態なのだ。

 呼吸は荒く、額には脂汗が浮かぶ。

 だが、表情は一切変わらず、グレスの剣を見極めた。

 ――十年前、確かに剣を交えた記憶がある。

 試合の範疇ではあったが、彼は実力者であった。

 それほど昔の話であっても思い出せるくらいなのだから、確かにそうなのだろう。

 けれど、今のグレスはどうだ。


「……どうだ! 十年、費やした俺の剣は……!」

「……何も」

「?」

「何も変わっていないな。いや、むしろ腕が落ちたか?」

「……! ほざけ!」


 グレスが力任せに剣を弾く――そのまま勢いに乗って、エレインへと猛追を仕掛けた。


「腕が落ちただと!? 俺が! この十年! 一日でもサボった日があると思うか! 全てはお前をこの手で斬るためだ! そのために俺は――」


 グレスの剣を全て受けきり、鍔迫り合いの形になる。

 エレインはそんな彼を憐れむような表情で、言い放つ。


「なら、どうして私をここまで弱らせる必要があった?」

「確実性を取るために決まっている! お前をこの手で斬るためにな!」

「自信がないんだろう? 万全の状態の私には勝てない……そう悟った」

「黙れ!」


 グレスの表情が怒りに染まる――だが、やがて何かを悟ったように笑みを浮かべ、


「……ああ、その通りだ。俺の心はすでに折れている。お前と真正面から斬り合っても絶対に勝てないと、心の底から理解していた。だが、お前がルーネを買ったと聞いた時だ……お前を誘き出すための餌に使える、とな」

「間違ってはいない。現に私は、こうして追い詰められているからな」

「追い詰められている態度じゃないんだよ……お前はッ!」


 グレスが蹴りを繰り出す――普段のエレインなら簡単に避けられるが、今は分かっていても身体がついてこない。

 腹部に一撃を受けて、後方へと下がる。

 グレスはエレインに休む暇を与えない――あるいは、もう少し腕の立つ人間であったのなら、グレスがまともに成長をしていたのなら、ここでエレインを討つことはできなのだろう。

 だが、彼の剣は一撃であってもエレインに届くことはない。

 これほど疲弊し、これほど弱っている相手なのに、掠めることすらない。


「何故だ、何故、俺の剣が届かない……!」

「呆れたものだ……こんなことのために、あの王子を焚きつけたのか。それに乗った王子もバカというほかないが」

「剣こそ、俺の生きる道だった……! それを、お前のようなどこの馬の骨とも知らない奴に……!」

「――生きる道だったのなら、どうしてそれを人のために振るわなかった」


 ほんの一瞬の隙。

 エレインの剣がグレスの腕を斬り飛ばした。

 剣を持った右腕だったが、グレスは左腕でそれを掴むと、乱暴にエレインへと振り下ろす。

 片足を軸に身体を回転させて、エレインは続けざまにグレスの左腕を斬り飛ばした。

 さらに一振り。

 互いの位置が動いて、背中合わせのような形となる。


「俺の十年は、一体、何だったんだ……」


 グレスがその場に倒れ伏すと、地面に首が転がった。

 呆気なく最期を迎えた彼を、エレインは振り返って見据える。


「……さて、な。私の知るところではないが……少なくとも、私にとっては迷惑以外の何者でもなかった」

「――動くな、エレイン・オーシアン!」


 声が耳に届き、視線を向ける。

 そこには、フォレンによって剣を首にあてがわれたルーネの姿があった。

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