第44話 十年
「……どうなって、いるんだ?」
現状を見たフォレンは、ただ呆然と立ち尽くすほかになかった。
エレインの討ち取った者には褒美を与える――そう宣告してから、彼女を討ち取ったという報告は一向になく、痺れを切らして外の様子を確認した時のことだ。
フォレンがいるのは建物の三階――辺りを見渡すにはちょうどいいが、彼にとっては絶望の光景でしかなかった。
――生き残った者は果たして、何人いるのだろう。
兵士達が灯した火で、あちこちが赤色に染まっているのが分かる。
慌てて見張りに合図を送るが、どこからも返事はない。
殺されたか、あるいは逃げ出したか――どうあれ、フォレンの持つ全ての戦力を以てしても、エレインを倒すに至らなかったのだ。
唯一、視線の先に捉えた人物は真っすぐこちらを見据えて向かってきている。
時折、足元がふらついて見えるが、確かに彼女は生きて――フォレンの首を狙っている。
「何なんだ……何なんだよ、お前はッ!」
取り乱すのも無理はないだろう。
二千五百人――寄せ集めではあるが、手練れも含めれば間違いなく戦力であった。
十分、王都に奇襲をかければ落とせるだけの人数であったはずだ。
たった一人の冒険者を、殺せないわけがなかった。
なのに、現実はまるで違う。
エレイン・オーシアンは生き残って、フォレンの前に立っているのだ。
大きく息を吐き出したエレインは、
「後はお前だけか?」
静かに言い放った。
思わず、フォレンは後退る。
手足が震える――微塵も恐怖を抱いていなかったはずなのに、彼女の強さを分からされてしまったのだ。
手を出してはならない存在だったのだと、この時に初めて気付いた。
今更、取り返しのつかないことだが。
「フォレン様、まだ私がいます」
背後からやってきたのは、ルーネとアネッタを連れたグレスであった。
二人を鎖で近くの柱に繋げると、フォレンの隣に立つ。
「お前がいたから、どうだと言うんだ……? 見ろ、この惨状を……! 集めた戦力は全て、あの女によって奪われた! どこから間違えたんだ……! 俺は、王を目指すべきじゃなかったのか……!? ルーネに執着するべきじゃなかったのか!?」
フォレンは混乱し、焦燥していた。
そんな自身の主の姿を見ても、ひどく冷静な様子でグレスは口を開く。
「フォレン様は二人の傍に。いざという時は、彼女達を利用するんです」
「利用……?」
「はい、あなたが生きていれば、いくらでも再起は可能でしょう。私がエレインを始末します。あれほど弱った彼女なら……この私であれば、問題なく打ち倒せるでしょう」
「はっ、ははは、問題なくとは大きく出たな。だが、そうか――生きていれば、まだ再起はできる、か」
「エレインに恐れをなして逃げ出した連中も少なくはありません。資金とて尽きたわけではありません。故に――」
グレスは建物から飛び降りて、エレインの前に立った。
腰に下げた剣を抜き放ち、構える。
「これは終わりではなく、始まりなのです」
「……」
剣を構えるグレスを見て、エレインは目を細める。
そうして、何かに気付いた様子で口を開いた。
「お前は……どこかで会ったことがあるな」
「どこかで、か。お前にとってはその程度だろうが……俺は覚えているぞ。エレイン・オーシアン――俺が何のために、アレの下について囃し立てたと思っている? お前を討つ機会を得るためだ」
グレスは邪悪な笑みを浮かべて言った。
そこにはフォレンに対する忠誠心など微塵もなく、彼が本性を現した瞬間でもあった。
エレインを討つためだけに、これほどの戦力をぶつけるように仕向けたというわけか。
いや、カムイまで含めると――もはや過剰とも言える。
エレインの体力を限界ギリギリまで削り取って、自分の手で討ち取るために。
それほどの恨みを持たれる理由など、果たしてエレインにあっただろうか。
記憶を辿ってみると、とある出来事を思い出す。
「……ああ、王都で開かれた剣術大会、だったか? お前に会ったのは」
「思い出したか。私――いや、俺はそこで、お前に大敗した。まだ冒険者に成りたてだった、十五歳のお前に、だ。小娘に負けた騎士として知られ、それまでの名誉を全て失ったんだ……」
グレスの表情は憂いを帯びて――やがて怒りへと変化する。
エレインからすれば、逆恨み以外の何者でもない。
だが、彼女にとってはその程度のことであっても、グレスには譲れないものがあるのだろう。
「十年……ようやく、だ。お前をこの手で斬るためのお膳立ては済んだ」
「私を斬る、か。生憎と……人を待たせているんだ。そろそろ終わらせるぞ」
その言葉を受けて、グレスが駆け出した。
エレインと剣を交えると、大きな声で叫ぶ。
「やってみろォ! お前を討って初めて、俺は本当の自分を取り戻せるんだッ!」
――最後の戦いが始まった。
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