第43話 真の強さ

「いたぞ! こっち――」


 声が途切れる。

 エレインの投げた槍が、声を上げた者の喉を貫いたからだ。

 彼らの持つ武器も利用して、エレインはただ目の前に次々とやってくる敵を葬り続けた。

 派手な技は持っていない。

 魔法で敵を一層することもできなければ、すでに疲労困憊だ――満足な治療も行っていない怪我は痛むし、呼吸は随分と荒くなっているのが分かる。


(さすがに多いな……今、何人くらい斬った?)


 向かってくる者達は本気でエレインの首を取ろうとしている。

 フォレンに何か言われたのか、命を懸けるだけの価値があるのだろう。

 いつものエレインであれば苦戦しないような相手でも、死ぬ気で仕掛けてくるのであれば別だ――今のエレインの状態を考えれば当然だが、全ての攻撃を回避することはできていない。

 脇腹を槍で抉られ、太腿や背中や矢が突き刺さっている。

 その姿を見れば、誰だって考えるだろう――今のエレインならば、討ち取れると。


「うおおおおおお――がっ!?」


 だが、エレインはその全てを斬り伏せた。

 遥かに大きな体格の者、身の丈を超える刀身の剣を自在に操る者、暗殺者のように一切気配を感じさせない者、遥か遠くから的確に狙ってくる者――エレインの前では、等しく肉塊と化す。

 やがて、周囲が静かになったところで、エレインは動きを止めた。

 振り返ると、死屍累々――砦は血に塗られ、数多くの死体があちこちに転がっている。

 自らの身体も、返り血と自身の血で赤色に染まっている。

『血濡れの剣聖』――その言葉通りだ。


「……ふっ」


 エレインは小さく笑みを浮かべた。

 すでに身体は限界を超えている――それなのに、どうして剣を振るうのか。

 決まっている、ルーネを助けるためだ。

 高いお金を払って買った奴隷だから?

 王族という立場のある人間だったから?

 どれも違う――始まりは確かに一目惚れ、勢いと言われたら否定はしない。

 それでも、エレインはルーネのことが好きなのだ。

 どこか引っ込み思案なのに、少し負けず嫌いなところもあって、それでいて大胆――彼女がどういう人物か知って、これからももっと知りたいと思っている。

 ルーネがエレインをどう思っているか、それは分からない。

 王国に帰りたいというのなら、彼女の願いを叶えるつもりだった。

 ルーネは残る選択をして、少し安堵した自分がいることも分かっている。


「そうだ……君に会ったら、きちんと伝えよう」


 エレインが歩き出すと、再び目の前に武器を構えた敵が姿を見せる。

 見えるだけでも数十人――隠れているのも合わせれば、百は超えるだろうか。

 剣にこびりついた血を振り払い、エレインは静かに宣告する。


「死にたいのなら来い。百人だろうが、千人だろうが――私は目的を達成するまで、お前達を斬り続ける」


 圧倒的なまでの威圧感。

 息を呑み、後ずさりをする者も少なくはない。


「ひ、怯むな! 相手は一人! もう虫の息だっ!」


 一人が確か事実を言葉にして、一斉に駆け出した。

 エレインは小さく息を吐き出すと、やってくる敵を一人、また一人と斬り伏せる。

 いつもの動きのようにキレはなく、乱暴に斬り伏せた後に隙が生まれ、雑兵の一撃すらエレインを掠める。

 だが、命を取るには至らない――決して、エレインは倒れない。

 かつて、エレインがここまで弱った姿を見た者は数えるほどしかないだろう。

 その中には、国王であるアーノルド・アヴェルタも含まれている。

 王国を襲った竜種とエレインが単独で戦った時のことだ。

 竜種を圧倒することが、果たして一人の人間に可能なのか――否、不可能だ。

 ルーネには少し見栄を張ったが、エレインだって苦戦はする。

 身体が大きく、動きが遅いとはいえ竜はタフだ。

 十日以上に及ぶ戦いだった――身体中、竜の血と自身の受けた傷でボロボロになりながらも、それでも勝ったのはエレインだ。

 彼女をそこまで追いつめられる存在がいないから、知る者はほとんどいないだけ。

 受けた傷が大きく、死に近づけば近づくほどに――エレインはどこまでもしぶとく生き延びる。

 泥臭い戦い方こそ、彼女の真の強さが垣間見れるのだ。

 『自身の血に濡れた姿』こそ――『血濡れの剣聖』が最も強い状態であると、果たして誰が予想できただろう。

 カムイから受けた肩の傷が、脇腹を抉った槍の傷が、突き刺さる弓矢の傷が――動けば血が滲み、広がっていく。

 その痛みが、エレインの闘争心を掻き立てるのだ。

 エレインの前にたった百を超える兵士も、その全てが倒れ伏すまでさほど時間はかからなかった。

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