第42話 私なんかの

「……?」


 何やら外が騒がしく、ルーネは怪訝そうな表情を浮かべた。

 今は砦の内部にある牢獄に囚われている。

 後ろでに枷を付けられ、身動きはできない状態であった。

 アネッタはどうやら別の場所にいるようで、一緒にさせないのは――逃げ出せないようにするためだろう。


「何かあったのかしら……」


 見張りも多く、ここからでは状況は何も分からない。

 フォレンはルーネに固執している――アネッタを手中に収めている限り、ルーネが逃げ出すことはないというのに、それでも必要以上に見張りを配置しているのがその証拠だろう。

 剣も取り上げられて、ルーネにはもはや打開策は見出せない。

 気がかりなのは、エレインのことだ。


(ご無事だと、思いたいのですが……)


 フォレンの刺客によって襲われたはずの彼女の安否は分かっていない。

 エレインの実力ならばあるいは――そう心の中で信じていても、同格と目されるカムイを含めて、相手取ればどうなるだろう。


「……結局、私はあなたの役には立てないどころか、命を奪われるような……」


 ルーネはただ、己の無力さを嘆く。

 あるいは、ここで舌を噛み切って自害するという選択すら脳裏に浮かぶほどに責めた。

 だが、それではアネッタを救えない――ルーネが生きていることが重要なのだから。

 王族でありながら奴隷に堕とされ、今も鎖に繋がれるという屈辱に耐え続けるしかないのだ。

 そんな中、見張りの一人の話す声が耳に届いた。


「おい、聞いたか……敵襲があったんだと」

「は? 何でここに敵が来るんだよ」

「知るか。敵襲って言っても、相手は一人らしいが」

「一人ぃ? おいおい、それって敵襲って言うのかよ」

「――」


 たった一人の敵襲。

 ルーネの脳裏に過ぎったのは、エレインの姿であった。

 どうしてそんなことを期待してしまうのか、助けてもらえると期待すること自体――おこがましいと思ってしまう。

 それなのに、エレインが来てくれると、彼女ならきっと助けてくれると考えてしまうのだ。


「お前ら、こんなところで見張りなんてしてる場合じゃねえぞ!」


 また一人、慌てた様子で一人の男が駆け込んできた。


「別にしたくてしてるわけじゃねえよ。それより、どうした? そんなに慌てて」

「さっきフォレン王子から通達があったんだよ。襲撃者の首を取った者には、一生遊んで暮らせるだけの褒美をくれてやるんだと」

「おいおい、冗談だろ。相手は一人って話じゃねえか」

「その一人がエレイン・オーシアンだとしたら納得の額だと思わねえか?」


 がしゃんっ、とルーネは自身を縛る鎖を思わず乱暴に引っ張った。

 やはり、彼女がここに来ている――


(……よかった、エレイン様が、生きていてくれて……)


 安堵と共に、不安が過ぎる。

 手練れを相手取って、無傷でいられるとも思えない――それに、ここには二千五百を超える戦力がいる。

 エレインたった一人で来ているのだとしたら、あまりに無謀だ。

 それも、ここに来る理由など――ルーネを助けるため以外の他にない。


「私なんかの、ために……」


 彼女の負担にしからない、迷惑しかかけられない――それなのに、どうして彼女は救おうとしてくれるのか。

 理由はすでに、ルーネだって理解している。

 エレインは最初から、ルーネを奴隷として扱ってなどいない。


 ――ただ……そうだな。私が一緒にいるのに、対等でいたいと思うだけだ。


 エレインが言っていたことを、思い出す。

 対等でいたい、という言葉。

 今、ルーネはとてもエレインと対等でいられるとは考えていない。

 けれど、彼女が望んでいるから、そうあろうと努力しているし、そうありたいと思っている。

 いつしか、彼女のことが気になって、彼女のために何かできるようになりたいと、考えるようになっていた。


「エレイン、様……」


 ルーネはまた、必死に考えを巡らせる。

 彼女のために何ができるか、何が最善なのか――見つからない答えを、ただ一人で模索し続けた。

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