第40話 血の噴水
王都より南方にある『旧レゼプティア砦』。
元々は古くは王都から南方への監視所としての活用されていたが、やがて国土が広がり、砦の配置の変更や老朽化に伴って今は跡地と化している。
ここに魔物が棲みつくこともあって、近年では取り壊すことも度々議論には上がっているが、まだ残されている――理由は、フォレンがここを武器の貯蔵庫として使っているからだ。
「元々王国軍の騎士だった奴が千人ほど、それに加えて千五百人近くの私兵――軽い戦争だろ、この人数は」
砦の北方の入口付近を見張る兵士が呟く。
近くで酒瓶を片手にした兵士が笑いながら答えた。
「はははっ、いいじゃねえか、何でもよ。俺達は雇われの身だ」
「おいおい、今から酒なんて飲んで大丈夫か? 今日の深夜だぞ、王宮に攻め入るのは」
「大仕事の前には酒に限る……生きて帰れる保証もねえんだからな。楽しんだもん勝ちだ」
「そういうもんかね」
――ならず者集団というほかにない。
実際、数だけで言えば、王都の近くにこれほどの兵士を集めた手腕は褒められるべきかもしれないが、統率が取れているわけではなかった。
フォレンの私兵は――あくまで金を使って集めただけの傭兵集団だ。
ただ、中には手練れも混じっている。
これより始まる戦いに、それぞれが備えているのだ。
「……ん? おい、誰か来るぞ」
そんな中、王都の方を監視していた兵士の一人が気付く。
「誰か? 夜中にわざわざこんなところに来るなんて、魔物くらいじゃないか?」
「いや……人影だ。真っすぐこっちに来てる」
「誰だか知らねえが、適当に脅せば帰るだろ。最悪、斬っちまえばいいさ」
人影は砦の方までやってくると、足を止める。
見張りの人数は多くないが、全員が息を潜めて様子をうかがった。
何か、ボールのような物を手に持っている――人影は、それを乱暴に放り投げた。
兵士の前に、ゴロリと転がったそれは、
「……っ!? う、うわああああっ!?」
人の頭だ。
それも、見覚えがある――『Sランク』の冒険者として知られる、カムイという青年の顔だった。
フォレンの協力者であり、これから王宮に攻め入る際の最高戦力の一人だったはず。
先日、フォレンは集まった兵士達の前で宣告した。
「このカムイがエレイン・オーシアンを討ち取り、我らが新しい国を始めるための口火を切る!」
どうしてエレインを殺すことが国を作ることに繋がるのか、兵士達には理解できなかったが、現国王はエレインに媚びを売るような、王には相応しくない人物であるとフォレンは言っていた。
なるほど、確かに一国の王が冒険者にへつらうようではダメだ――理にかなっている。
何より、カムイという心強い味方がいるのであれば、問題はないだろう。
たとえ、相手が最強と知られるエレインであったとしても、手は打っているのだと言っていた。だが、
「な、何で、こいつの首が……!? じゃあ今、投げてきたのは……!」
慌てた様子で、兵士が人影を凝視する。
すでに腰に下げた剣を抜き放ち――目を合わせただけでも斬り殺されそうな、そんな威圧感を放つ女性、エレインの姿がそこにはあった。
「……っ! て、敵襲だーッ!」
兵士は大声で叫んだ。
敵襲――何も間違ってはいないだろう。
相手はたった一人だが、間違いなく敵なのだ。
正しい判断だ、一人であろうと――こんなところにやってきて、剣を抜いているのであれば、理由は一つ。
「敵襲……? 何を言って――」
酒瓶を持った兵士が訝しむ顔で立ち上がる。
どれだけ酔っているのか、目の前で慌てる兵士をよそに、うたた寝をしていたらしい。
「おいおい、誰もいねえじゃねえか」
「いや、あそこに――」
兵士が指を差すが、すでにエレインの姿はない。
だが、すぐ近くに転がったカムイの首はある。
「こ、これだ! すぐにこっちに来てこれを見てくれ!」
「……」
「おい、いつまでも酔って眠ってるんじゃ……」
振り返ると、酒瓶を持った兵士の首はそこにはなく、噴き出した血が辺りを赤色に染めていた。
「は……え……?」
呆気に取られる兵士をよそに、あちこちで『血の噴水』が作られ始める。
何が起こっているのか、理解するのに時間はかからなかった。
そして――理解した頃には、兵士もすでにこの世からいなくなっていたのだ。
「……!」
離れたところで状況を見ていた者が、すぐに伝令を走らせる。
開戦の火蓋はすでに切られているのだ。
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