第39話 本当の意味
――夕刻、宮殿の執務室にアーノルドの姿はあった。
息子であるフォレンが姿を消し、今も宮殿内では捜索隊の編成が行われていた。
一部、アーノルドの近衛兵を務めた騎士も姿を消しており、おそらくはフォレンが連れて行ったことは想像に難しくはない。
「……バカ息子が」
小さく溜め息を吐き、アーノルドは天井を見上げた。
エレインと約束をした――必ず言い聞かせる、と。
謹慎処分とし、全ての権限を剥奪したのは、息子の将来を考えてのことだ。
権力を振るうだけなら、誰にだってできる。
王になる者は、その権力の扱い方を理解しなければ何も意味がないのだ。
甘やかしたつもりはないが、どうしてフォレンはあのようになってしまったのか――
「いかんな、まだ書類の確認が終わっていないのに」
「――なら、先に私との話を終わらせてもらおうか」
声が耳に届き、アーノルドは窓の方に視線を送る。
そして、その姿を見て絶句した。
血に濡れた女剣士の姿――エレイン・オーシアンが、五人の騎士の首を持って窓から入ってきたのだ。
そのまま、エレインはアーノルドの前に騎士の首を乱雑に投げ捨てる。
「な……!?」
「私を討とうとした者の首だ。この中にはお前の近衛兵も含まれている。弁明はあるか?」
「……! わ、わしの指示では――」
そこで、アーノルドは言葉を詰まらせる。
誰がやったことなのか、明白だからだ。
「分かっているとも。お前の息子――フォレン・アヴェルタが私を狙った。その上で、ルーネを連れ去った」
「……っ、何ということを……!」
恐れていたことが――否、最もしてはならないことを息子であるフォレンはやらかしてしまったのだ。
『血濡れの剣聖』が、謁見を求めずに王の下へ直接姿を現し、騎士の首を持ってやってきた。
この時点で、エレインは明確に王国に対する敵意を持っている。
彼女なら、ここでアーノルドを斬り殺すことも容易いだろう。
「フォレンの居場所は分かっている。ここから南方地点に、兵を集めている」
「兵を……? 何故、そのようなことを……」
「今日の夜、王宮に襲撃をかけるつもりだそうだ。数はおよそ二千五百――騎士のみならず、奴が集めた私兵も多くいる」
「――」
それは、逃げ出したフォレンによる明確な反乱を告げるものだ。
エレインが嘘を吐くはずもなく、怪我をした彼女の姿を見れば分かる。
決して浅い傷ではないようで、わずかに呼吸の乱れたエレインは――鋭い視線を向けて、アーノルドに問いかける。
「今から、私はお前の息子を討つつもりでいる。その許可をもらいに来た」
エレインは、フォレンを殺す許可を取りに来たのだ。
アーノルドとて、その言葉を聞いて動揺しないはずがない。
「ま、待て……待ってくれ! すぐに部隊を編成し、フォレンを捕らえる!」
「今から編成していては間に合わないだろう。目の前に転がっている首は――王宮の騎士の中でも手練れ揃いだ。何より、ルーネが向こうの手にある以上、私が動かないわけにはいかない。どうあれ、選択を間違えれば王都は戦場になるぞ」
エレインの言葉を受けて、アーノルドは思考を巡らせた。
しばしの静寂――だが、辿り着く答えは一つしかない。
大きな過ちを犯した息子一人のために王国を、民を危険に晒すわけにはいかないのだ。
脱力するような格好になり、アーノルドはエレインに向かって答える。
「……アーノルド・アヴェルタの名において、我が息子――フォレン・アヴェルタを討つことを、エレイン・オーシアン殿……お主にその権限を与えよう」
「承知した。つらい選択をさせたな」
「……いや、わしが役目を果たせなかっただけだ」
「結果は後で分かるだろうが、念のため守備隊は編成しておくといい。奴らが動く前に、私が仕掛けるつもりだが」
「待て……その怪我で、一人で行くつもりか?」
「あなたは分かっているだろう、アーノルド王。私は今の方が――強い」
そう言うと、エレインはその場から姿を消した。
――もう、取り返しはつかない。
ああなったエレインを止められる者はいないし、たった今――アーノルドは息子を切り捨てる選択をしたのだ。
「フォレン……お前というやつは……」
――息子は、エレインを本気にさせてしまった。
『血濡れの剣聖』の、本当の意味をフォレンは知らないのだろう。
ただ呆然と、エレインのいなくなった窓の方を見据え、太陽が沈んで暗くなっていく空を、アーノルドはただ見据えることしかできなかった。
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