第38話 剣がなければ

 五人の騎士はそれぞれ直剣、槍、斧、弓、大剣と違う得物を握っている。

 そこに、刀使いのカムイと空間を作り出している魔導師の七人の構成だ。

 対するエレインは一人――単純に考えれば、カムイと魔導師が組むだけでもエレインと戦うことは十分に可能だ。

 手練れを相手取るのに、予測のできない妨害が入るのだから当然だ。

 そこに五人の、しかも騎士の中でもエレインが知っている程度には実力のある相手――肩からの出血は大きく、エレインは自身の手で傷の具合を確かめた後に、


「さて……誰から死にたい?」


 エレインはひどく冷静に問いかけた。

 少なくとも、目の前にいる相手は全員斬ると決めている。

 エレインの言葉を受けて、斧を握った騎士は鼻で笑い、一歩前に出た。


「ふっ、状況が見えておらんのかね? 死ぬのは貴様だ……エレイン・オーシアン」


 少し離れていても、その身体の大きさはよく分かる。

 斧の一撃を受ければ、エレインとて無事では済まないだろう。

 圧倒的な強さを誇るエレインだが、人間であることに変わりはない。

 たった一撃、直撃をすれば――命を落とすことだってある。


「――では、まずはお前からだ」

「……!?」


 エレインは瞬時に斧の騎士へ距離を詰めた。

 離れていると油断していたのかもしれないが、彼が立っていたのはエレインが一歩、地面を蹴れば十分に詰められる間合いだった。

 他の者より前に出たことも間違った選択だったと言えるだろう。

 彼が動いた時点で、エレインの次に動きは決まっていたが。

 斧の騎士は咄嗟に反応して構えを取る。

 エレインは剣を振り、すぐに後方へと下がった。


「……油断も隙もならないな。危うく斬られるかと思ったぜ」

「ふっ」

「? 何を笑っている?」

「笑いもする。斬られたことに気付かずに防御の姿勢を取るなど、滑稽以外の何者でもないだろう」

「何を――」


 斧の騎士の言葉は、そこで途切れた。

 ずるりと首がズレて、そのまま血を噴き出しながら地面に頭部が落ちる。

 ガラン、と斧が地面に落ちる音が響いて――斧の騎士はその場に倒れ伏した。

 他の騎士達にも動揺が広がる。


「……おいおい、見えなかったぞ」

「これが『血濡れの剣聖』の本来の実力というわけか――前衛が早くも一人減ったぞ」


 五人から四人へと減った騎士達の表情が変わる。

 正面から斬り合えていたカムイの凄さが、今更ながらに彼らにも伝わったのだろう。

 実際、そんなカムイですら――エレインには勝てないと判断したのだ。


「大振りの武器の者は魔法と弓で援護に。僕を含めた三人の連携でエレインを追い詰める」


 カムイは至って冷静に、一人欠いた状態で指示を出した。

 彼が複数人での戦いを心得ていたのは少し意外ではある。

 協力する気がある、という意思の表れなのかもしれない。

 エレインはまた、わずかに後ろへと下がった。


「――」


 特に声などは聞こえてきていないが、魔導師が仕掛けてきたのだろう。

 基本的に足場を泥化させるような、いわゆる妨害を仕掛けてくる程度のことをしてくるが、それが分かっていれば――エレインが避けることは難しい話ではない。

 足場の感覚など、戦場においては特に重要な要素であり、それが変化することが分かっているのならなおさらだ。

 エレインが動くと同時に、矢が放たれた。

 剣で戦う相手には、矢での攻撃は有効と言えるだろう。

 だが、エレインはわずかに身体を逸らすだけでそれをかわす。

 ――目に見えた矢など、当たるはずもない。


「なるほど、矢はある程度自在に動かせるわけか」


 エレインは後方を確認せず、剣で向かってくる矢を斬り払う。

 先ほど避けた矢が、戻ってきていたのだ。

 見えない矢であったとしても、エレインには当たらない――自分を狙ってくる殺気が、伝わってくるからだ。


「ちっ、見ずに斬り払うか……化け物め」


 弓の騎士が舌打ちをする――化け物呼ばわりは心外だが、そこまで脅威にならない相手であることは理解した。

 そうなると、警戒すべきはやはりカムイか。

 前衛の三人がそれぞれ動くが、離れすぎない距離を保っている――単独になれば、先ほどの斧の騎士のようにエレインに斬り殺される可能性が高いと判断したか。

 大剣の騎士はその少し後ろから、構えを取りつつ向かってくる。

 動きが幾分遅いのは、やはり得物の大きさか――斧の騎士と同じかそれ以上に、大きな剣を握っている。


(次は誰から行くか……)


 中衛と後衛に今、手出しするのはまだ難しい。

 そうなると、前衛の三人が相手となるが――


「我々は先ほどのようにはいかんぞ」


 槍の騎士が仕掛けてくる。

 勢いよく放った槍の先端は、空気の音が耳に届くほどだ。

 エレインがかわすと、地面がわずかに変化した。

 すぐに距離を取る――その先でも、地面が沼地のように変わる。


「はぁっ!」


 直剣の騎士が続いて、エレインに向かってきた。

 この中では唯一、エレインと同じ得物だろう。

 剣の振りは確かに早い――が、エレインの敵ではない。

 軽く剣で弾いて、エレインが反撃に出ようとする。

 だが、それを防ぐのはカムイだ。

 二人の間に割って入るように、刀を振るう。

 即席にしてはいい連携だ――エレインはさらに後ろへと下がっていく。


「逃がすな!」


 カムイが声を上げ、前衛がさらに向かってくる。

 その後方、大剣を構えた騎士が勢いよく跳躍し――エレインへと向かってくる。


「功を焦ったか? 中衛が前に出るなど」

「!」


 エレインの言葉を聞いて、咄嗟に大剣の騎士が防御の姿勢を取る。

 元々、彼は前衛タイプであり――中衛という役割を担ったことがないのかもしれない。

 カムイがサポートへと回るが、エレインの狙いは別にある。

 四人とも前に出てきたところで、エレインは素早く前に出た。

 弓矢を構えてエレインの隙を窺っていた弓の騎士を守る者は誰もいない――カムイも狙いに気付いて、すぐにエレインの後を追う。


「やはり即席だな。連携が拙すぎる」


 弓の騎士は冷静に、エレイン目掛けて矢を放つ――それを避けずに、指で掴んで見せた。

 驚きに目を見開く弓の騎士に対して、エレインは掴んだ弓を指で弾いて返す。

 指に魔力を込めて、多少の威力を上乗せしたものだ。

 その程度なら、避けるのは難しくはないだろう。

 弓の騎士はそれをかわすが、エレインの本命は別にある。


「……! な、に……?」


 かわした彼の身体には、エレインの剣が突き刺さっていた。

 矢は囮で、本命はもう一つ――投擲した剣だ。

 確実に弓の騎士の胸元を貫き、絶命させる――エレインはそのまま弓の騎士の下へと向かう。

 投擲した剣を回収するためだが、その前にカムイが追い付いてきた。


「剣を捨てるとは、判断ミスだったね。いかに君でも、剣がなければ戦えないだろう」


 カムイは刀を振るう――エレインの脇腹の辺りを掠めるが、かまわずに距離を詰めて、エレインが放ったのは肘打ちだ。


「ぐ、お……!?」


 予想もしていない一撃だったのか、腹部に強烈な打撃を受けて、カムイは胃液を吐き出す。

 そんな彼の顎の辺りにさらに拳で一撃。

 空を見上げるようになった彼に向かって、エレインはハイキックを見舞う。


「剣でしか戦えない――そういう先入観は持つべきじゃない」


 さらにトドメと言わんばかりに、強烈なミドルを腹部へと見舞う。

 剣術に特化しているエレインだが、格闘術が使えないわけではないのだ。

 剣を持っていないからと油断したカムイの落ち度だろう。

 さすがにこれで仕留められるとは思っていないが、カムイの動きを止めるには十分だ。

 エレインは早々に弓の騎士に突き刺さった剣を回収すると、再び跳躍して向かってきた大剣の騎士と視線が合う。


「うおおおおおおおおおおおっ!」


 雄叫び。

 強力な一撃でエレインを仕留めるつもりか。だが、


「バカの一つ覚えだな」


 エレインはそう呟くように言うと、地面を蹴って高く跳ぶ。

 それは大剣の騎士の遥か上を行き、驚きに目を見開く彼の頭部を剣で貫いた。


「か……」


 わずかに息を吐き出すような声を漏らし、そのまま地面へと落下していく。

 ちょうど、直剣の騎士と槍の騎士が立つ間に降り立って、


「いよいよ数も減ってきたようだが……次はどうする?」


 ――元々、五人いたはずの騎士は残り二人となり、カムイはすぐに動き出せる状況にない。

 魔導師による妨害も、エレインの動きには追い付けず、勝敗は決しつつあった。

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