第36話 新しい王国のため

「エレイン様――」


 一瞬の出来事で、ルーネは手を伸ばしたが目の前からエレインの姿は消えてしまった。

 気付けばカムイの姿もなく、ルーネは一人で取り残される形となっていた。

 何が起こったのか、ルーネには状況を理解できていない。

 だが、おそらくはカムイが何かを仕掛けたのだろう――取り残されたルーネは、どうするべきか考える。

 廃坑の魔物はどうなるのか、町に戻っている時間はあるのか。


「――心配するな、エレインの受けた依頼は俺が作ったでっちあげだ」


 その疑問に答えたのは、部下を連れて姿を現したフォレンであった。

 全員が騎士の正装に身を包んでいる――王国の正式な騎士なのだろう。


「! あなたは……!」

「久しいな、ルーネ。戦場に立つ鎧姿のお前も美しいが、普段の姿も年相応の娘らしい」

「何故、あなたがここに……? 依頼自体が嘘というのは、どういうことですか……!」

「何故? 理由は単純――お前を手に入れるためだ」

「手に入れる、ですって? 私を奴隷にして売っておきながら!」


 ルーネはフォレンに対して怒りを露わにする。

 当たり前だ――自国のためとはいえ、王族から奴隷という立場に追いやられ、エレインがいなければ、今もどうなっていたか分からない。

 それを今更、手に入れるためなどと、受け入れられるはずもない。


「そもそも、私はあなたのモノではありません!」

「確かに、誰かのモノという意味では、お前を買ったエレインに権利があるかもしれんな」

「! そ、そういう意味で言ったわけでは――とにかく、あなたと話すことなどありませんからっ」


 一瞬、エレインのことを持ち出されて動揺したが、フォレンを敵対視していることに変わりはない。

 ルーネはいつでも剣を抜くことができるように構えを取るが、


「よせ、俺は別にお前と戦うために来たつもりはない」

「……なら、何の用ですか?」

「言っただろう。お前を手に入れる、と。エレインの相手は俺の雇った冒険者――カムイに加え、精鋭で対応に当たっている。お前がエレインのモノであろうとなかろうと……直にエレインはいなくなるのさ」

「……! エレイン様はどこにいるんです!?」

「さて、な。俺も預かり知らぬところだが――おっと、そう殺気立つなよ」


 フォレンの言う通り、ルーネはいつでも斬りかかる準備ができていた。

 ルーネにとって、目の前の男は敵だ――エレインに対して部下を送り、始末をしようとしているのだ。

 それも、ルーネを手に入れるためだけに。

 一国の王子がやっていい行為ではない――だが、


「これを見ても、まだ俺に剣を向けるつもりはあるか?」

「ん……っ!」

「! アネッタ!」


 フォレンの部下が連れてきたのは、縄で縛られて猿轡まで嚙まされた姿のアネッタであった。

 エレインを隔離し、ルーネを従わせるために拉致してきたのだろう。

 ギルドにわざわざ仕事を依頼して、腕の立つ冒険者まで用意し、その上で――人質を取るという行為。

 どこまでも卑劣だが、用意は周到であった。

 すでに、ルーネは剣を抜くことができなくなっている。

 フォレンの指示で、すぐにルーネは取り押さえられた。


「手荒な真似をするつもりはない」

「っ、どの口が……! アネッタを無理やり縛り付けるような真似をして……!」

「そうでもなければ、お前は従わないだろう?」

「あなたの父君がこれを知れば、どうなるか分かってやっているんですか……!?」

「もちろんだとも。俺は――この国の王になる男。たかが一人の冒険者に臆するような愚王とは違う。『アヴェルタ王国』を俺の支配下に置くために……俺は王宮を落とすことにした」

「……は? あなた、一体、何を言って……?」


 あまりに信じられない言葉で、ルーネはただただ驚きを隠せなかった。

 フォレンは――王子でありながら、王宮に攻め入ると言っている。

 これはすなわち、謀反を起こすということだ。


「エレインを消すことは――俺の覇道への始まりにもならん。これより始めるのは、フォレン・アヴェルタによる新しい王国のための戦いだ!」


 フォレンの言葉に呼応するように、兵士達が声を上げる。

 これはもう、ルーネを手に入れるためだけの行動ではない――フォレンは、とんでもない過ちを犯そうとしているのだ。

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