第35話 明確な敵
王都の西にある廃坑までは徒歩での移動となった。
馬車を使わずとも行ける距離にあるが、今はその近さが問題となっている。
「『ポイズンダスト』は見た目的には蜘蛛と蟷螂の間といったところか。両腕の鎌も人間なら軽く両断できる程度の威力もある。そもそも、毒に拘わらず人がまともに戦って勝てる魔物ではない――それが、巣を作ったのであれば、確かに憂慮すべき事態だな」
「僕は戦ったことがないからねぇ。急な案件で依頼できる冒険者も少ないもんだから、僕らが先行することになったみたいだけどさ」
「カムイ様もエレイン様と同じSランクの冒険者なんですよね? やはり、一人で戦うのは危険な相手でしょうか?」
ルーネがカムイに問いかける。
これから戦うのはエレインであり、やはり彼女からすれば心配なのだろう。
「んー、まあ、僕なら一人では戦いたくはないなぁ。僕は接近戦専門だから、毒はちょっとやり合うのは面倒でね」
「そういう意味だと、エレイン様も……」
ルーネはちらりと、エレインの方に視線を向けた。
――確かに、エレインは直剣での近距離特化であり、魔法も大して得意な部類ではない。
剣で斬れる相手に魔法を使う必要がない、というのが正しいか。
「私のことは心配いらない。毒は確かに脅威ではあるが、霧状に散布するわけではないからな。毒の液体を吐き出すわけだが、腹部の射出口の動きに注意していれば、問題はない。ただ、あまり広範囲に広げると――その毒が結局のところ、大地の腐食を早めることになる。なるべく狭い範囲で早く倒す必要があるな」
「どうあれ、大変なことに変わりはないですね……」
心配するな――というのはやはり、無理なようだ。
エレインとしてはむしろ、カムイと共に残していくことになるルーネの方が心配であった。
実力はエレインも認めるところで、仮に『ポイズンダスト』が外に逃げ出したとして、カムイであれば単独でも十分に討伐できる可能性はある。
だが、この男が随分と協力的なことに引っかかる点があった。
カムイはおそらく、王都の危機に関してはさほど興味を持っていないはず。
そもそも他国出身の冒険者である彼にとって、この緊急の依頼を受けるメリットは何か――飄々として掴みどころのない男であるが故に、エレインもその理由が分かっていなかった。
一応、理由くらいは聞いていいのかもしれない。
「カムイ、君はどうしてこの依頼を受けた?」
「大した理由なんてないさ。たまたま立ち寄ったら随分とギルドが慌ただしかったからね。事情を聞いたところ、廃坑に厄介な魔物が棲みついたと言うじゃないか」
「悪いが、君がそれを聞いたとして――仕事の依頼を受けるタイプだとは思っていなかったのでな」
「確かに、言う通りさ。僕はそういう依頼を好んで受けるわけじゃない――自分が楽しめるかどうか、という点が一番にあるかな」
「外で待っているだけの楽な仕事は、君にとって楽しいものか?」
「なんだ、随分と質問してくるじゃないか。もしかして、僕のことを信用していないのかな?」
――こう言われると、少なくともエレインはカムイのことを完全に信用しているわけではないのは間違いない。
ただ、ルーネを任せる関係上、彼の機嫌を必要以上に損ねるわけにもいかない。
なかなか難しい塩梅で、エレインはそれ以上の追求をすることなく、
「ただの好奇心だ。世間話くらい付き合ってくれてもいいだろう?」
「それくらいなら喜んで。そう言えば、ルーネ――君はエレインに買われた奴隷なんだってね?」
「は、はい。あ、でも今は違うというか……」
カムイの問いかけに、ルーネは少し回答に困っている様子だった。
ルーネは確かに奴隷であったが――今はその立場にはない。
買われたという事実はあるが、すでに国王との話もついている。
「そうなのかい? ギルドでも少し話題だったからね。エレインが奴隷を買ったという話は。しかし、もう奴隷ではないというと……買った上で自由にしたのか? 随分と物好きなことをするね」
「そろそろ着くぞ。無駄話はそろそろ控えろ」
エレインはカムイに向かって注意するように言う。
ルーネが困るような質問を、エレインがいない間にされたくない気持ちもあった。
「どうせ、僕とルーネは待機なんだろう? しかし、一国の王女をこんなところに連れてくるなんてね。君もなかなか、危機管理ができていないなぁ」
「――ルーネが王女だと、どうしてお前が知っている?」
カムイの言葉に、エレインは初めて敵対の意味を込めて、呼び方を変えた。
当のカムイは惚けた様子で、
「ん? 確か、ギルドで聞いたはずだね」
「ギルドの人間がわざわざ連れている奴隷が王女であるという事実をお前に伝えることはないだろう」
「他の冒険者が噂をしていたとか?」
「そもそも、ルーネが王女であるということ――それ自体、周知の事実ではないはずだ。そこまで広がる理由もない」
「……エレイン様?」
ルーネが少し不安そうに、エレインの名を呼ぶ。
魔物を討伐しにいくはずだったのに、一触即発の雰囲気だ。
「なんだい、やっぱり僕のことを何か疑っているのかな? やれやれ、心外だなぁ」
「やはり、ルーネを任せるに足る人間ではないと判断しただけだ。メンバー交代といこう――お前が中に入れ。私がサポートする」
「おいおい、それは話が違うじゃないか。僕はあくまで待機のはずなのに」
「報酬は全てくれてやる」
「報酬の問題じゃないよ。エレイン、これは王国の危機なんだよ? 僕のことを変に疑うよりも、まずは魔物を討伐することが先決なんじゃないか?」
カムイの言うことは正しい――今、こうして口論したところで何も始まらない。
あくまで、エレインが『何か引っかかる』というところがあるだけだ。
だが、カムイの物言いからしても、やはり彼は何か隠している。
確かめるには、シンプルな方法が一番だろう。
――エレインが腰に下げた剣の柄に手を触れると、カムイもすかさず構えを取った。
「構えたな。私は特に殺気も出していない――お前なら分かるはずだ、私に戦う意思はなかった、と。それなのに、お前は私を警戒しすぎている。カムイ、お前は初めから私と戦うつもりだな?」
「……全く、少し気持ちが早ってしまったかな。本来の算段は、エレインとルーネを引き剥がすことにあるんだけども」
カムイも警戒されている以上、隠しても無駄だと判断したのだろう。
その言葉は、間違いなくエレインとルーネを狙ったものだ。
すぐに、エレインはルーネを傍で守ろうとするが、
「まあ、ここまで来れば十分らしい。エレイン、君を閉じ込めるにはね」
「……なに?」
瞬間、エレインの足元が光る――目の前のカムイに気を取られ、反応が一瞬遅れた。
「エレイン様――」
ルーネがこちらに手を伸ばすが、その姿が目の前から消える。
否――消えたのは、エレインの方だ。
空は黒く染まっていて、生い茂る暗い森の中にエレインはいた。
明るい時間だったはずなのに、夜になっている――これは時間が進んだわけではない。
「……魔法で空間を作り出したわけか。随分と分かりやすく仕掛けてきたな」
「――その通りでございます。ようこそ、我が結界魔法の領域内へ」
直接、脳内に響くような声。
言葉通り、エレインを閉じ込めた本人だろう。
「私を閉じ込めてどうするつもりだ――いや、聞くまでもないか。狙いはおそらく、私ではなくルーネだろう」
「隠す必要もないでしょうね。どうあれ、ここであなたを始末するのが私の受けた依頼」
「空間魔法は維持に随分と魔力を使うはずだ。私を閉じ込めたとして、どうやって倒す?」
「――そりゃあ、もちろん……僕が相手をするってわけだ」
声に反応して、エレインは剣を抜いた。
二つの刃がぶつかり合う――実に楽しそうな笑みを浮かべて、再び目の前に姿を現したカムイは言い放つ。
「どうしてこの依頼を受けたのか、理由は単純だ――君と本気で戦ってみたかった……それだけさ」
「なるほど、随分とはた迷惑な理由だ」
おそらく、この依頼自体――そもそもエレインとルーネを誘き出すためだけの、偽の依頼だったのだろう。
誰が依頼者なのか、エレインには大方予想がついている。
(……上手くやれなかったようだな、アーノルド)
心の中で呟きながら、エレインは今――ある決意を固めた。
フォレン・アヴェルタは明確な敵であり、斬るべき対象だ。
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