第34話 共同戦線

「今日はいくつか、仕事を消化しようと思う」


 朝食を終えて、エレインは不意にそう切り出した。

 冒険者として受けている依頼がいくつかある――ルーネに加えてアネッタも来てからは仕事をあまりこなさなくなっていたが、どちらも今の生活には慣れてきたように感じる。

 アネッタは基本的に留守番で、家のことを任せている。

 さすがに王族に仕えているだけあって、家事全般は一人で任せて問題ないレベルだ。

 そもそも、エレインが家事を得意としなかった面もあるのかもしれないが。


「どういったお仕事でしょうか?」

「ん、魔物の討伐依頼がいくつかあるな。一度、冒険者ギルドには寄る――場合によっては、すでに終わっている仕事もあるだろうからな」


 仕事の依頼はエレインに直接されたもの以外は、早い者勝ちなところが多い。

 討伐依頼については、特に急を要するものほど高額な依頼料が得られる可能性が高い。

 エレインが受ける仕事の多くは最低でもBランク以上でなければ受けられないようなものばかりだが、中には仕事の依頼内容に対して、依頼料が低くすぎると思われるものもある。

 そういった特別な事情がある仕事も、何かのついでに受けるのがエレインだ。

 本人としては、善意というよりは『ついで』という面が本当に大きいのだが。


「分かりました。私もお供します」

「ああ。アネッタ、君には留守を任せるが」

「はい、大丈夫です。ルーネ様、くれぐれも無茶をなされないように」

「私は元々、戦場に立っていた身ですよ? アネッタは心配しすぎです」

「王族でありながら戦場に率先して立つ御身を心配しないわけにはいかないでしょう。エレイン様も、どうかルーネ様が無茶しないように見張って下さいね?」

「当然だ。ルーネは私が守る」

「! エレイン様……」


 少し嬉しそうな、それでいて恥ずかしそうな表情を浮かべるルーネに、やや疑問を感じるエレインと、それをジト目で見るアネッタ。

 日常になりつつ三人の生活だ。

 少し休憩を挟んだあと、エレインとルーネは二人で家を出た。

 この間に、アネッタは掃除や洗濯などを行う――冒険者の仕事ともなれば、一日で帰って来られない場合もあるが、今日はそこまで遠くに行く予定もない。

 まずは冒険者ギルドの方へと向かい、持っている仕事の状況を確認する。


「あ、エレインさん……! ちょうどいいところに」


 冒険者ギルドに入ったところで、受付嬢が駆け寄ってきた。

 エレインにこうして話しかけてくることも随分と珍しいことだが――この場合は、緊急の案件が多い。


「どうかしたか?」

「実は……エレインさんに名指しの依頼がありまして」

「名指し? 私にか?」

「はい。西にある廃坑の所有者からで、廃坑に『ポイズンダスト』が棲みついたとのことで……」

「それはあまりいい状況ではないな」

「『ポイズンダスト』、ですか?」

「名前から察してもらえるとは思うが、毒を宿す魔物だ。『毒蟲種』で群れは作らないが、その毒が厄介でな。あまり広がると最悪、森が腐敗する」

「森が……!?」


 ルーネが驚くのも無理はないだろう。

『ポイズンダスト』――最低でもAランクの冒険者が五人は必要で、かつ解毒の心得のある者は必須と言える。

 エレインとて、魔物との相性はどうしても存在するが――数少ない単独での討伐が可能な冒険者ではあった。

 だが、ルーネを連れていくとなると話は別だ。

 はっきり言って、彼女を守りながら戦うとなると、かなり厳しい相手になる。

 さらに言えば、守りながら戦うということを、彼女に伝えることも憚られた。

 それはすなわち、足手まといと言っているのと同義だからだ。


「それほどの魔物であるのなら、すぐに討伐に向かわないと……!」

「そう、だな。廃坑は確か、王都からそこまで離れていないはず。地下道を通じて連結していたか?」

「はい……。一応、封鎖はされているのですが、あくまで人間が通れないようにしただけです。もしも、王都に入るようなことがあれば――」


 それだけは避けなければならないだろう。

 エレインへの依頼であることも納得がいく。

 依頼を受けるのは確定的だが、エレインはルーネに言わなければならないことがある。


「……依頼を受けるにあたってだが、ルーネ。君を廃坑の中に連れて行くことはできない」

「え?」


 少し驚いた表情をしたルーネだったが、すぐに言いたいことを理解してくれたようで。


「確かに、それほど強力な魔物であれば、私では対応できない可能性が高い、ですよね」

「……すまない。君を守るなどと言い切ったばかりだが」

「そんなこと、気にしないでください。状況が状況ですし。廃坑の中には入りませんが、外までは同行しても構いませんか?」

「それは構わないが……廃坑の外に奴が飛び出す可能性もある」

「リスクは承知の上です。私のことよりも、魔物の討伐が最優先ですから」

「――外のことなら心配はいらない。僕も依頼を受けたのでね」


 二人の会話に入ってきたのは、ここらでは珍しい東国の服に身を包んだ男であった。

 腰には一本の刀を下げており、ふらりとどこかに姿を見せては消える――柄水泥湖のない人物。

 少し長めの黒髪を後ろに束ねたその男のことを、エレインは知っている。


「カムイか。こんなところにいるとは珍しいな」

「なに、たまたま立ち寄っただけさ。僕も依頼を受けてね」

「エレインさんには廃坑内での討伐を。万が一に備えて、カムイさんには外で待機していただく――というのが、今回の依頼でして」


 冒険者ギルド側も、すでに対応をある程度考えていたようだ。

 カムイ――この男もまた、エレインと同じSランクの冒険者であり、その剣術はエレインと互角かそれ以上との噂もある。

 実際に斬り合ったことはないし、斬り合う理由もないために、互いに名は知っているが、ただそれだけの関係だ。

 同じ仕事をしたことも、今のところはない。

 だが、カムイが外にいるのならば――


(ルーネが外で待機するのも問題はない、か)


 ルーネを一人にさせておくのは不安であったが、カムイほどの実力者が傍にいれば、エレインに万が一のことがあったとしても、ルーネの安全はある程度は確保されるだろう。

 ルーネのことを、この男に任せるのは不本意であるが――状況を考えるには仕方ない。

 いっそのこと、家で待ってもらうことも考えられるが、エレインはまだ王子のことを警戒している。

 ルーネを王都に残していくよりは、まだ近くにいてくれた方が守りやすいのだ。


「……ルーネ。このカムイという男の実力は本物だ。君はなるべくこの男の近くにおいるように。それが、外で待つ条件だ」

「分かりました。エレイン様は、私のことばかり気になされていますが……魔物の方は、大丈夫なのですか? 危険な相手だと思うのですが」

「心配するな。討伐自体は問題ない――私がやる以上は、な」


 エレインはただ知識だけで『ポイズンダスト』のことを知っているのではなく、過去に討伐したがあるから言っているのだ。

 実績があるからこそ、冒険者ギルドもエレインに任せたいのだろう。


「そうと決まれば、Sランク同士の共同戦線といこうか。――と言っても、討伐はエレインに任せきりで、僕は外で暇つぶしだけどね。これで依頼料がもらえるんだから、楽なものさ」

「ああ、よろしく頼む」


 ――こうして、エレインとルーネにカムイを加えた三人で、緊急の依頼を対応することとなった。

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