第33話 関係が進展するには

 ――ルーネを奴隷という立場から解放して、一週間という月日が流れた。

 エレインの購入した家には家具も揃い始めて、さらには一人の使用人まで雇うことになって。


「ルーネ様、エレインさん、朝ですよ――って、何で抱き合っているんですか!?」


 朝、アネッタが部屋に起こしにくるのが日課になりつつあるが、そんな突っ込みも聞き慣れてくる。

 エレインとルーネは、同じ部屋で寝泊まりをしている――これはルーネの提案によるもので、アネッタは使用人という立場であるために、別の部屋を使っていた。

 本来であれば、王族であるルーネとその使用人のアネッタが同じ部屋か、そもそも三人別々にすべきなのだが――


「私はエレイン様のおかげで奴隷という立場ではなくなりました――が、エレイン様に買われたという事実は変わりません。エレイン様が嫌でなければ、私はできる限りお傍にいたいと思うんです」

「……君が望むのであれば、私は拒否しないが」


 こういった経緯があり、気付けばルーネは常にエレインの傍を陣取っていた。

 アネッタにこうして抱き合っているという事実を告げられても、


「こ、これは私が、その……さ、寒くてエレイン様に温めてもらっているだけで……!」

「きちんと服を着てください! 少し乱れているようですが……!?」

「な、何でもありませんっ。とにかく、すぐに行きますから待っていてくださいっ!」


 ルーネは少し怒ったような様子を見せながら、部屋にやってきたアネッタを追い出そうとする。

 実際、何かがあったというわけではない――のだが、ここ数日、ルーネには変化があった。


「エレイン様は、何かしてほしいことはないですか?」

「いや、特にはないな」

「……そう、ですか。その、私にできることであれば、いつでも……」

「? ルーネ、君こそ私にしてほしいことはないのか?」

「……してほしいこと、ですか?」

「ああ、何でもいい。今まで我儘なんて、言う機会もほとんどなかっただろう。これからは気にする必要なんてないんだ」

「……でしたら、その、私を抱きしめて、もらえますか……?」

「――」


 どうしてルーネがそんなことを言いだしたのか、エレインには分からない。

 けれど、彼女がそれを望んでいて、エレインもまた、『何でもいい』と言ってしまったのだから、願いを聞き入れた。

 ――実際のところ、今の状況はエレインにとって嬉しいものではある。

 どこか余所余所しさのあったルーネは、だんだんと打ち解けてきてくれているし、そもそもエレインの一目惚れから始まった関係――彼女が距離を詰めてくれるのは願ったり叶ったりだ。

 けれど、一線は超えないようにしている。

 せっかく奴隷という立場から解放されたルーネに手を出すようでは、何も変わらないと考えているからだ。

 彼女はエレインに恩義を感じているために、あるいは求めれば――全てに応えてくれるかもしれない。

 だが、それはエレインの求めるものとは少し違う気がする。


(難しいものだ、人を好きになるというのは……)


 一切の経験がないために、自覚はしていてもなかなか行動には出られない。

 ただ、今はルーネに自由に生きてもらいたいというのが本音で――彼女が王女としての立場を取り戻したいというのであれば、それを止めることもしない。

 だからこそ、下手に手を出すような真似をしていないとも言えた。


「……まったく、アネッタはタイミングが悪いんですから。それに、私から誘っているのに、いちいち声に出さなくても……」

「どうかしたか?」

「ひあっ、な、何でもありませんっ。そうだ、朝食の準備ができているようですし、着替えて向かいましょうっ」


 何か誤魔化すように、ルーネは慌てて寝間着から着替え始める――彼女がエレインを誘っているという事実に気付くかどうか、今の関係が進展するにはその一点にかかっているだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る