第32話 愚行

「この俺が謹慎処分だと……? どうなってるんだ……!」


 フォレンは声を荒げ、テーブルの上にあった物に八つ当たりでもするかのように、乱雑に床で叩きつけた。

 ここは王宮内の一室――父であるアーノルドから緊急で呼び戻されたかと思えば、言い渡されたのは今まで与えられていた全ての権限の剥奪と、自室での謹慎処分であった。

 それも、いつ終わるかも分からず、弁明の機会すらない。

 苛立つを隠せないフォレンに、すぐ近くで待機していた護衛の騎士であるグレスが口を開く。


「おそらく、バーフィリアの一件が国王様の耳に入ったのかと」

「! あれは俺が一任されたんだぞ!? 何故、今更に介入されるんだ?」

「エレイン・オーシアンが王宮にて国王様に謁見した、という情報を得ました。ルーネを奴隷にしたのは、確かに王族に対する扱いとしては不当――それが露見したと思われます」

「そうならないように根回しをしていたんだろうが……! ルーネを俺から奪うだけに飽き足らず、俺の邪魔までするとは……いかに父上が重宝している女であろうと許せん……!」


 フォレンの怒りは収まらない。

 第一王子という立場が、ただ一人――エレインという存在に脅かされるのが我慢ならないのだろう。

 ここはアヴェルタ王国――すなわち、王家が頂点でなければならないのだ。

 それなのに、どうして国王ともあろうものが、たった一人の冒険者風情の言葉を聞き入れるのか、フォレンにはそれが理解できない。


「いかがなさいますか?」

「いかがも何も、処分を命じられて何ができる? それも、これはあくまで暫定的な処置だ。最悪の場合――俺の継承権すら破棄されかねん……。ここで下手に動くようなことは……」

「フォレン様、あなたは次代の国王になられるお方」


 グレスはそう言って、フォレンの前に跪く。


「……? それがどうした! 今、その立場が危ぶまれていると――」

「ここでご自身の立場を守ろうとするようであれば、なるほど確かに立場は危ういというべきでしょう」

「なんだと……?」

「私は現王――アーノルドではなく、フォレン様、あなたに忠誠を誓っている身。そして、同じような志を持つ者も多くいます。あとはあなたの心一つ……ここまで言えば、聡明なあなたならお分かりになりましょう?」

「――俺に、父上の命令を無視しろというのか? そんなことをすれば……」

「お忘れですか? こういう時のために私兵がいるのです。それに、エレイン・オーシアンのことであれば心配には及びません。奴に並び立つ実力の者を、こちらに引き入れております。あなたの仰せの通り、たかが女一人に覇道を邪魔されるようなこと、決してあってはならないことなのです。あなたは、王になるのですから」

「……いや、そうか。確かに、どのみち俺は王になる男――ここで退くなど、王たる者に相応しい器ではない……そういうことだな?」

「その通りでございます。あなたを支える者は大勢いるのですから」

「は、ははは、そうだ、グレス――お前の言う通りだ。危うく己を見失うところであった。すぐに準備に取り掛かる! 今宵のうちに王宮を出るぞ」

「はっ」


 ――フォレンの言葉を聞いて、深く頭を下げたグレスは、わずかに笑みを浮かべた。

 今、フォレンがしようとしていることは、間違いなく愚行である。

 王の言葉に従い、自らの考えを悔い改めること――それが、フォレンにできる唯一にして最善の道なのだ。

 だが、そんなことにも気付けないこの男は、どのみち王に相応しい器ではない。

 それが分かっていて、なおグレスはあえてフォレンを唆している。

 自身にとってのメリットになるからだ。

 この日、フォレン・アヴェルタは王宮を抜け出し、アーノルドの命令を完全に無視する行動を取った。

 そして数日後には――王国の根幹を揺るがしかねない事件へと発展する。

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