第31話 私の選択
「さて――君達の抱える問題はこれで解決したわけだが」
エレイン宅にて、再びルーネとアネッタの二人と向き合う。
ルーネは少し申し訳なさそうに、アネッタはやや懐疑的な視線を送りながらも、
「……確かに、自分の目で見た以上は信じるほかありませんね……」
小さく溜め息を吐き、深く頭を下げた。
「エレイン・オーシアン様――この度は、わたしの主を救っていただき、感謝の言葉もありません」
「礼は不要だ。別に、君のためにしたわけでない。それで……ルーネ、君はどうするんだ?」
「え、私……ですか?」
問いかけられたルーネは何に対する問いか分からない、といった様子だ。
けれど、これは元々――ルーネを自由にするために行ったこと。
「君はもう、奴隷という立場に縛られる必要はない。戻りたいと願うのであれば、私も止めるつもりはない」
「! その、急に言われましても……」
何故だか困惑する様子を見せたルーネ。
アネッタはそんな彼女を説得するように口を開く。
「ルーネ様! バーフィリア王国に帰れるのですよ! もう、御身を犠牲にする必要などないのです!」
「それは……確かに喜ばしいこと、ですが」
歯切れ悪く、ルーネが答える。
ちらりと時折、視線をエレインの方へと向けてくるのは、きっと彼女なりに気にしていることがあるのだろう。
「私のことなら心配不要だ。君がしたいようにすればいい」
「エレイン様は奴隷の私を買っただけでなく、こんなに素敵な家まで買ってくださったではないですか。このまま私が戻れば、エレイン様には何一つ良いことがありません」
「別に、この家は拠点としても使えるし、君を買った金も目的があったわけじゃない。何度でも言うが、私のことは気にせず――好きなように生きろ。もう、君は自由なんだから」
これは、エレインの本心であった。
惚れた弱みとでもいうべきなのだろう――確かに、ルーネと離れるのは少し寂しく感じるが、永遠の別れというわけではない。
むしろ、彼女は自身を犠牲してまで国を救おうとしたのだ。
仮にエレイン以外に買われていたら、二度と戻る機会を得ることもできなかったかもしれない。
ある意味、運命的な出会いだったとも言える――ルーネは、王国に帰るべきなのだろう。
「そう、ですか。分かりました」
ルーネはしばしの沈黙の後、覚悟を決めた表情で言い放つ。
「では、私をエレイン様の傍に置いてくださいますか?」
「……は?」
「……何だって?」
ルーネの言葉を聞いて、エレインとアネッタはほとんど同時に驚きの声を上げた。
そんな選択をするとは、二人とも思っていなかったのだから。
「ど、ど、どういうことですか、ルーネ様!? 王国に戻れるのですよ!? 奴隷という立場など捨て、こんな見知らぬ土地にいつまでもいる必要なんて――」
「アネッタ、私はバーフィリア王国の王女です」
「分かっています! ですから、御身はこんなところにいてはなりません!」
「こんなところ、などと軽々しく口にしないでください。エレイン様は私を救ってくださって、この家も私のために用意してくださったんです。その上、私の抱える問題を解決していただいて――どうしてすぐにバーフィリアに帰ることなどできますか」
「……私は気にしなくていいと言ったが」
「ですから、これは私の選択です。私は……あなたの恩に報いたいのです。自由にしていいのなら、受け入れてくださいますか?」
「――」
必要はない、と言ってもルーネは聞かないだろう。
彼女はエレインに対し恩義を感じている、エレインはそんなこと気にせず自由に生きていいと思っている、それならば自由な選択として、エレインの傍にいる――堂々巡りだ。
アネッタは慌てふためいているが、ルーネの決意は固いらしく、エレインが強く拒否でもしない限りはきっと、ここを去らないだろう。
どう答えるのが正解か――傍にいるな、迷惑だから帰れ、そう言うことができれば、きっとルーネはバーフィリアに帰るに違いない。
けれど、その答えはきっと、ルーネを傷つけてしまう。
たとえ嘘であっても、彼女のためであっても――エレインはその嘘を吐くことはできなかった。故に、
「……好きにしていいと言ったのは私だ。君がそうしたいと言うのなら、私は構わない」
「! ありがとうございます、不束者ですが、これからもよろしくお願い致します」
ルーネは心底嬉しそうな表情を見せた。
――彼女が気にしていた奴隷という立場はなくなり、今度は自らの意思でエレインの傍にいることを選んだのだ。
結果的にはエレインにとっても喜ばしい選択ではあるのだが、困り果てているのはアネッタだ。
「そ、そんな……せっかく戻れるのに、ここに残る選択をされるなんて……わ、わたしは……」
「アネッタ、ごめんなさい。私のために苦労をかけてしまったのに、その……」
「――いえ、ルーネ様が謝る必要はありません。わたしはルーネ様の侍女ですから、主の選択には……従います」
アネッタはそう言うと、立ち上がってエレインを真っすぐ見据えた。
「エレインさん、どうやらルーネ様は少なくともあなたに恩義を返すまで帰るつもりはないみたいです」
「そのようだな。気にする必要はないのだが」
「ルーネ様はそういうお方ですから。ですので、わたしもルーネ様のお手伝いをさせていただきたく」
「……手伝い、というと?」
「掃除、洗濯、料理――何でもしますから、わたしをここに置いてください!」
再び、アネッタはエレインに対して頭を下げた。
なるほど、ルーネは彼女に随分と慕われているらしい。
「わ、私が残るからってあなたまで残る必要は――」
「ルーネ様は、わたしが傍にいるのは迷惑ですか?」
「! そんなこと、あるはずがないでしょう!」
ルーネが少し、怒ったような口調で言う。
エレインに見られていることに気付いてか、すぐに取り繕うようにして頬を赤く染めて恥じらいを見せていたが。
エレインとしても、元々ルーネを奴隷として扱うつもりはなかったが――今後のことを考えれば、傍に侍女の一人や二人はいた方がいいだろう。
「この家も二人で住むには広い、歓迎しよう」
「あ、ありがとうございます!」
こうして――ルーネを追ってやってきた侍女を加え、三人での生活が始まることになった。
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